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2006年10月12日 (木)

里海インタビュー(1)「お台場の海で海苔ができたよ」

お台場の海で海苔ができたよ!

17  この2年間ほど、「里海って何だろう?」をテーマに、インタビューを続けてきました。「漁協の共済」という漁業者の共済保険(JF共済)の全国団体の広報誌に「リレートーク21」というページをわたしが担当しています。このインタビュー記事では、漁業・水産という枠にとらわれずに、海とのかかわりを持って活動する人にスポットをあてて取材してきました。ここ10回ばかりは、海の環境教育や漁業権を漁業者自らが開放して海の市民的利用に活かしている事例など、地先の海と漁業者の「里海」的海の利用をテーマに掲載を続けています。

 今日、連載第81回目「お台場の海で海苔ができた!!」というタイトルで、「東京都港区立港陽小学校校長 角田美枝子さん」へのインタビュー記事が載った「漁協の共済」10月号が手元に届きました。本誌は全国の漁協や関係団体に配られますが、漁業関係者以外にはなかなか目に触れる機会もない雑誌なので、関心のある方のために、原稿をPDF化したファイル

「0610odaibanorizukuri.pdf」をダウンロード

がありますのでご覧下さい。

(挿入された画像は2006年3月3日港区港陽小学校校舎入り口の天日干し海苔棚の前で生徒達と親、学校関係者、ノリづくりを担当したNPO関係者たちとが全員で「ノリづくりに成功したゾ」と喜びの声を上げたスナップです。画像は、盤州里海の会HPより使わせてもらいました。撮影は海辺つくり研究会。)

10年前では考えられなかった「里海」的関係に着目してみよう

 お台場の小学校の校長先生は、「校門のすぐ前が、人工海岸とはいえ海と砂浜があるのに、子どもたちにとって、海の生き物や自然の豊かさは「遠い存在」になっているなんて、なんてもったいないことでしょう。昔、このお台場周辺は江戸前の海苔がとれた海なのだから、子どもたちの大好物の海苔が、この海でつくれないかしら。子どもたちにお台場の海でも海苔が採れることを体験させることができたら、どんなにか教育的効果があることでしょう」というアイデアが浮かびました。

 なんてすてきなアイデアでしょう。これまで、だれも考えもつかなかったような素敵な発想です。

 NPO「海辺つくり研究会」は、これまで、東京湾を少しでも昔の姿に取り戻せないかとアマモの造成に取り組んだり、海の環境教育の実践活動をしてきました。校長先生のこのアイデアを聞いた「海辺つくり研究会」のスタッフたちは、全面的な協力を約束します。そして、千葉県木更津「盤州里海の会」の金萬智男さんら海苔漁師さんや、公園の管理母体である東京都や国土交通省、海上保安庁など関係省庁の協力を得ながら、このアイデアを実現してしまったのです。

 NHKや、新聞各紙でも、今年の3月3日に、お台場の海で育った海苔を収穫し、天日干しノリづくりをして、その海苔を子どもたちが食べたという報道によってご存知の方も多いと思います。

 このインタビュー記事では、盤州里海の会の「里海」という言葉以外に、特に「里海」という言葉を使っていません。

 けれども、「お台場の小学校」の庭先(校門前)の海で、学校、小学生、その父兄、漁業者、市民、行政とが協力して(「協働事業」という位置づけをしています)「ノリづくり」という非営利の「生産」活動(わたしは地先海面の「環境教育的」利用と位置づけています)を行った意味こそが、「里海」を位置づけるうえで重要なポイントになると考えています。おそらく10年ぐらい前であったら、この「海苔つくり行為」そのものが既成のいろいろな制度の枠組みと衝突して、誰かが同じアイデアを提案したとしても、純粋に「教育的」な取り組みであったことが理解されても、「ノリづくり」活動の実行には結びつかなかったのではないかと考えています。

 なぜ10年ぐらい前では、実現できなかったと言えるのでしょうか。10年ぐらい前と現在とでは、どんな条件が変化したのでしょうか。

 それは、この10年ぐらいのあいだに、海の利用と管理と所有を考えるうえで、海と人とのかかわりあいを「里海」と呼ぶにふさわしい、新しい関係(自然科学的・社会科学的な側面がからまりあった条件のもとに)が生まれてきたと考えられるのです。

 この新しい関係や、海の生態や社会・経済的な条件について着目していくと、とても大切なものが見えてくるような気がするのです。(MANA)

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コメント

読み直して、最後の「新しい関係」について、補足しておきます。
もうすこし具体的にいえば、「古い関係」が壊れた→というより、維持する成立基盤が消失→あるいは縮小→言葉を変えれば「発言力」(政治的社会的)が残念ながら下がった→等々により、一種の「海の開放」=「漁業権の開放」的関係と等しい事態が生じている場所が出現しているという、ことに眼をそらしてはいけないと思います。
ただし、私がいう「開放」は、公共事業や観光事業開発のために漁業権がじゃまだから、生産効率の低い産業の根拠を与えている漁業権を「開放」して、より生産性の高い、経済的な利益効率がよい関係を築こう、という、漁業権の誤解に基づく観点からのものとは、異なることだけは、はっきりとしていきたい。

投稿: MANA | 2006年10月21日 (土) 00時56分

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