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2006年10月26日 (木)

待ちに待った創刊号、懐かしい大瀬、盤洲が掲載され、心が躍りました

 創刊号の発送も予約者第1陣がおわり、読者の皆さんの声が個人メールで寄せられています。ほんとうに皆様ありがとう。そのなかから、了解をいただけたかたからブログ通信にぽつぽつと載せていきます。(MANA)

創刊号を受け取って―おたより

Osenomori 待ちに待った創刊号。懐かしい大瀬、盤洲が掲載され、心が躍りました。大瀬はダイビングスポットになる以前、富士山を望む質朴な里でした。大瀬の岬に古社があります(写真:大瀬神社 Pfoto by MANA)。境 内はビャクシンの大樹が群生しています。ビャクシンの純林の社叢林は国内でここただ一カ所。とても貴重な遺産です。岬には中世、水軍の館の遺構があります。ビャクシンは恐らく、大きく育てて水軍が船材に利用したと想定されます。ぐるり海なのに真水の池もあります。ビャクシンの森と照り映えのいい常緑広葉樹の森が混淆して、中世では大瀬一帯、入り江の海を含めて神域だったのでは思われます。ダイビングスポットにはかつて、マダイが群れ、よく夜釣りに通いました。ダイバーが多く入り、かつての海も地域の人情も様変わりしたようで、なんとなく足が遠のきがちです。「海は誰のものか」を読み、裁判の意義を改めて考えさせられました。
 盤洲の浜は小櫃川河口域が一級の自然遺産です。かつて広大な干潟にはコアマモが群生し、豊かな干潟の生態系がありました。干潮帯の沖にアマモ、干出した干潟にコアマモがある。これが東京湾の干潟の風景でした。アサリのまき漁で砂地を掘り返すため、コアマモはほぼ壊滅しました。でも、ここで漁業が営まれている。漁師が生きている。そのこと自体に大きな意味があります。漁師こそ海の守り手。江戸前の海を実感できるのは東京湾で盤洲を含めてごくわずかになりました。「里海」、頑張れと声援を送ります。《神奈川県のT・Kさん》

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