斗鬼先生の江戸東京探検―海と陸との境界を歩く
「都市のエントロピーと海」斗鬼博士の玉稿到着
[季刊里海]第2号の編集作業に入っております。わが編集主幹が書かねばならぬ原稿が山と積まれた資料とは裏腹にいっこうにすすみませんが、主幹から依頼を受けた豪華執筆人の先生方からは、装幀どおりの、ユニーク奇抜な原稿が年明け後、次々にメールのファイルに到着しております。
現古東京湾探検の目玉の一つである、都市と人間について境界領域を語らせると驚天動地の面白さが売り物の江戸川大学で文化人類学を教えておられます斗鬼正一博士からさきごろ「都市のエントロピーと海」(仮題)の玉稿が到着しました。
エントロピーとは何ぞや。主幹も横文字には弱いから、最近の政府の役人やらTOPやらがやたらカタカナ言葉を多用されると、コノヤローと思ったりしますが、我輩もローカルルールやらコモンズやらインスティチューションやら、ガバナンスやら、最近クチにすると、こいつはイカン、イカンと、あんまりお偉いさんたちの悪口もいえない自分に気がつきます。
そうかエントロピーか。まあ、辞書的にいえば、「乱雑さ」「不規則さ」をあらわしますが、物理学用語とは違って、社会科学でいう場合には、カオス(混沌)の世界を表現するときにもつかうようです。今回、先生にお願いしたのは、江戸から東京へという、現代あるTOKYOの成り立ちを、陸と海との境界領域の変化を、陸地に残された海辺や海の名残をマチの片隅に訪ね歩きながら、語っていただこうという、ものでした。
ちょっと前、中沢新一大先生が、「アースダイバー」を著されましたが、斗鬼先生には、考古学的な神話的な回帰にまではいたらないで、江戸という人造都市に回帰をこころみて、下町の名もなき小さな公園の隅の砂の交じった地面は、江戸の昔の海岸の砂であろうと、地面やら崖やら井戸の端やらおどろおどろしい処刑場跡やらお寺さんをめぐる探検旅行にこの一年間出ていただいた(ほっつき歩いていただいた)結果が、文章と写真によって読者にあらわにされるというものなのです。
乞うご期待あれ。
◎そのメールのPSで、先生がご出演される人類学的サブカルチャー知識を披露しつつ「境界論」を語るテレビ番組があるそうです。その自薦文を読みたい方は以下の「続き」を読まれたし。
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