2007年12月31日 (月)

今なぜ「海洋基本法」なのだろう?(目次)

今、なぜ、「海洋基本法」なのだろう?

=「海洋基本法」についてその問題点を考えました=

目次もくじ目次もくじ目次

総論(全体のダイジェスト及び筆者の視点):「海洋基本法ってどんな法律なの?」(PDF:8ページ)を、漁協経営センター刊「月刊 漁業と漁協」2007年11月号にのせました。

ダウンロード:0711kaiyoukihonhou-toukou.pdf (222.8K)

その1 「海洋基本法」上程の記事を読んで

資料:海洋基本法案[素案要旨]:海洋管理は総合的・計画的に

その2 海洋基本法について考える

(1)問題点の整理
(2)沿岸域(圏)の位置づけはどうなっているのだろう?
(3)国益がかかるという重要法案がなぜ議員立法なのだろう?
(4)「総合」「計画」が語られるときの実体は?
(5)「開発」という言葉が消えただけではないのか?
(6)1970年代初頭の「海洋開発基本法」制定の構想があったことを知っていますか?

その3 幻の「海洋開発基本法」構想について

(1)1970年代初頭にあった「海洋開発基本法」制定の構想
(2)海洋開発基本法と沿岸管理法とはどんな法律か?
  ……「海洋開発と管理に関する提言について」(建設省、1972年)より

その4 国(建設省)が「海洋を自然公物として認識する」ということを宣言するってどういうことだろう?

(1)沿岸域管理法案=「海域管理法」(仮称)1972年策定案の内容について
(2)「海洋開発基本法」の内容について……海洋開発基本法(仮称)の提唱ほか

その5 海洋政策を各省庁はこれまでどのように分担してきたのだろう?……国土交通省と農水省等他省庁の所管行政(既得権益の保護)について

(1)沿海域管理法(海洋管理基本法案を含む)に水産庁が反対した理由

(2)同記事中の関係省庁のコメント……建設省/運輸省/全漁連/水産庁/通産省

(3)国会に成案が提出されなかった理由……金丸新建設大臣の答弁

(4)海洋基本法制定の背後には「沿海域管理法」の思想が浸透しつつあるのではないか?

その6 「奪われたものを取り戻すこと」と「在るものを守ること」について

(1)海や川や水辺の管理と沿岸地域住民や流域住民の権利を考える
(2)海の『守り人』論から「ローカルルールの研究」へ
(3)里山、里海、里川を考える視点

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007年9月 3日 (月)

『海洋観光立国のすすめ』が発行されました

中瀬勝義・明戸眞弓美・庄治邦昭共著

『海洋観光立国のすすめ』(七ツ森書館)が発刊されました

Syohyou070815nakasekaiyoususume 中瀬勝義さん。エコライフコンサルタントの中瀬さんは、いつも、自転車で日本中を駆け回っているエコサイクルライダーです。そんな自転車好きの中瀬さんの、僕にとっも関心の深い、もうひとつの顔が、東京湾内の海辺づくりについての情報を取材して、「お江戸舟遊び瓦版」(もう通巻41号になりました)のニュースレターや、お知らせを発信し続けている行動派の市民ボランティアーとしての姿です。

その中瀬さんが、日ごろから主張をされているのが、「日本の海をもっと生かそうと」いう「海洋観光立国」構想です。その構想をわかりやすく、ブックレットスタイルで手ごろな価格で、とても読みやすい内容の『海洋観光立国のすすめ』を七ツ森書館から出版(定価900円+税)されましたのでお知らせします。

もう1ヶ月以上も前に、お贈りいただいていたのだが、夏の暑さと忙しさに発行の紹介を遅らせてしまった。

サブタイトルに「持続可能な社会つくり」「こころ美しい日本の再生」とあります。第1章:いま、なぜ海洋観光立国か(中瀬勝義)、第2章:海とスロー・ツーリズム・ジャパン(明戸眞弓美)、第3章:海外にみる海洋観光と都市の賑わい(庄司邦昭)の構成です。

中瀬さんは「はじめに」のなかで「この日本の周囲にひろがる海を新しい観光資源として展開することで、日本は海洋観光立国に転ずることができるのです。東や南に広がる太平洋で、かつてのバスコ・ダ・ガマの大航海時代を体験する観光ツアーやコロンブスのアメリカ大陸発見のイメージ体験冒険旅行やタイタニック号の北大西洋航海旅行を体験したり、マリンスポーツを楽しんだり、一日中海浜のホテルでゆったりと過ごしたりすることを、世界中の人びとに提供することが可能になるのです云々」と書いています。と同時に、江戸時代のような、世界でもまれな循環型ライフスタイルの達成された国であるのだから、「近年の大量生産・大量消費・大量廃棄に乗ったライフスタイルから脱却」し、「今後数十年、数百年かけて江戸時代を参考にエコライフ国家を作り上げ」ようと、提案されています。

今年になってから施行された「観光立国推進基本法」や、先の通常国会で議員提案で成立した「海洋基本法」が7月末の海の日に施行されましたが、そのような動きの中で、本書の刊行はグッドタイミングにちがいありません。海とは何か、海を利用するとは何か、エコライフとは何かを考えるきっかけにしてもらえればとおもいます。

ここまでは、中瀬さんたちのご努力に敬意を表して、本書の推薦をしました。でも、MANA自身としては、海と付き合うときの考えや、海を利用するというときの考えは、ちょっと異なった視点を持っています。以下(続き)に書きましたから、こちらもよんでね。

MANA:なかじまみつる

続きを読む "『海洋観光立国のすすめ』が発行されました"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年4月 9日 (月)

海洋基本法が上程されています

海洋基本法案が国会に上程され、法案が公開されています。

海洋基本法案は衆議院の国土交通委員会で審議、全員一致で可決、委員会提出法案と
して参議院で審議中で、まもなく可決されるでしょう。

海洋基本法案テキスト

海洋基本法案要綱テキスト

海洋立国の推進に関する決議テキスト

国会のホームページで読めますが、PDFにして読みやすくしておきました。国会HPより要綱、法案、委員会決議のテキストをファイルにしておきましたので、興味のある方はダウンロードしてお読みください。

MANAの海洋基本法を考える視点は変わりませんが、海洋基本法ができると、何が変わるのか、について感心をもたれるかたは、「海洋基本法を考える」のカテゴリーからひろい読みしてみてください。「もくじ」も参考にどうぞ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月 6日 (火)

利権への布石がはじまっているのだろうか?

政治力学のハザマで動くものとは

 友人で、もと参議院議員政策秘書をやられていた田中信一郎さんから、「今なぜ海洋基本法なのか?」の記事を読んで、個人メールにおたよりを頂戴しました。とても適切な指摘を含んでおり、ブログでの転載をお願いしましたら了解していただきました。田中さんは、政治の実践舞台での経験を糧に、現在大学院で、「政策決定過程」の研究を専門にされています。(中島 満)

 ご無沙汰しております。田中信一郎です。ブログ拝見いたしました。

 政策決定過程の研究者の目から見ても、非常に的確なご指摘だと思います。

 特に、中島さんは、「基本法」が議員立法でやられることの不思議さを指摘していますが、ここは非常に重要な点だと思います。

 原則として、各省庁は、つくりたい法律について、議員に依頼して立法するよりも、内閣提出のやり方を好みます。なぜならば、議員立法に比べて、内閣提出法案の方が、官僚にとって不確定要素がはるかに少ないからです。

 それでも、省庁主導で立案した法案を議員立法にしようという今回の様なケースが、まれにあります。(審議会の答申や海洋開発法案などがあることから、実質的には国土交通省、つまり旧建設省が立案作業をしているのは明白です)

 その理由は、内閣提出法案は、全省庁の賛同を必要とするからなのです。(これを担保しているのが、閣議前に開かれる事務次官等会議です)

 つまり、他省庁の賛同を早期に得られる見通しがない法案を、省庁間調整を回避するために、議員立法に持ち込むわけです。

 当然、他省庁も族議員を通じて、反対の働きかけをしますが、いまだに実力を有する建設族と、落ち目の農水族では、力の差があります。

 しかも、旧運輸族の賛同も得ているのでしょうから、農水族、それも水産族は、十分に太刀打ちできないでしょう。

 さらに、一見、宣言法として曖昧にし、民主党も賛同の動きを見せているとなれば、自民党の水産族議員たちは非常に反対しにくいはずです。

 最終的には、何らかの覚書(秘密協定)が国土交通省と水産庁との間に交わされて、決着するように思います。

 国土交通省の狙いも、中島さんのご指摘どおりだと思います。

 要は、海洋開発の主務官庁を国土交通省にすることが、当面の目的なのだと思います。旧建設官僚と旧運輸官僚のタッグという印象も受けます。具体的な利権への布石とも言えるでしょうか。

 いずれにしても、水産庁や環境省にとっては面白くないものでしょう。

 結局、議員立法というのは、政府内の不協和音を示しているのだと思います。

田中 信一郎(明治大学大学院政治経済学研究科政治学専攻博士後期課程/元参議院議員政策担当秘書)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

海洋基本法と水産基本法のポジション

「人間中心主義」か「生態系中心主義」かの視点

 新年冒頭メモで書いた、「今、なぜ海洋基本法なのか?」へのアクセスすが1日100件ぐらいに増えています。けっこう関心あるんだなあという印象ですが、ぼくがPCにファイルしてある、ネット公開資料のストックの中に、、このテーマに、広い意味で関係のある、おもしろい国会審議上で繰り広げられた国会議員の意見交換があるので、引用しておきましょう。

 この記述は、第151回国会の農林水産委員会議事録「第15号―2001年・平成13年5月29日」で公開されているものですが、海の保全を考える時に、「人間中心主義」か「生物多様性を柱にした生態系中心主義」かの調整というテーマをも含めて発言しているなど、現在の一般的な人々の海を考えようとする時の視点を表現していておもしろいと思ったので載せてみました。これは、国益論ではない、もう一つの一般的な環境論からアプローチした海洋基本法を志向する考え方ともいえるでしょう。

 今回の「海洋基本法」を考えようとする動きは、中国・韓国・北朝鮮という海を隔てた隣国との領土・領海・資源主張という「国益」を第一義に、前面に主張する議論だけではなく、「海」と「自然」の環境保全をすすめながら、持続可能の経済社会を作り出そうという主張の中にも、けっこうみられるわけです。これは批判してもしょうがないのですが、わたしが、なぜ、もう一歩すすめて考えてみようという、ポイントは、沿岸域(圏)を管理利用するときに、沿岸域には、沿海地区の地先海面には、「私権」や「慣習」的権利が広くぐるっと存在しつづけてきた、という先進諸外国と異なる法システムが維持されているということです。

 では、151国会農林水産委員会で交わされた、佐藤(謙)―当時民主党議員と、武部農林水産大臣の質疑は、次のとおりです。こういう議論、普通、水産と環境をからめてけっこう気楽にしていますよね。問題点整理の一つとして載せておきます。

続きを読む "海洋基本法と水産基本法のポジション"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年1月17日 (水)

海はだれのもの?

海洋の権利を考える―浜本幸生VS熊本一規対談から

 そもそも「海」に権利を設定するとはどういうことなのでしょう。ズバリいえば「海はだれのものか」という自然領域における所有と管理システムの根幹の考えなのですが、これをわかりやすく解説した文章がありますので紹介しておきましょう。

 わたし(MANA)も共著者として加わった漁業法・漁業権の大先生(いま亡くなられてつくづく漁業法のカミサマになったんだなあと思います)浜本幸生さんの監修・著である「海の『守り人』論―徹底検証・漁業権と地先権」(1996年)のなかで、浜本さんと明治学院大学教授の熊本一規さんとの対談記事「海はだれのものだろうか―総有の創造をテーマに」の冒頭部分(195~199ページ)に、ちょうどこの問いに対する話題が話されています。

 以下、その部分の引用です。

公有水面とはなにを意味するのか

 熊本  まず海はだれのものかということから始めたいと思います。明治8(1875)年に海面官有宣言が出されます。そして、翌年に撤回されますが、この間に、明治政府の大蔵省と内務省との間で海面所有論争が展開される。内務省が海面官有説で、大蔵省が公有水面説で争ったわけです。

 すなわち、海面は官有、国の所有に属するという意見と、海面は公有水面であるから政府の所有に属するのではないという意見がまっこうから衝突した。結局は太政官、現在でいえば総理大臣が、大蔵省の公有水面説に軍配をあげました。これによって海面官有宣言が撤回されたというように理解していいのですか。

 浜本   ただし、条件がありました。内務省は、自説をすべて引っ込めたわけではないのです。この考えは、現在まであいかわらず持っています。たとえば建設省では、「領海内は建設省所管の国有財産である。」とまでいっている。内務省側は、明治23(1890)年に「官有地取扱規則」を制定していますが、この規則のなかで、いわゆる「官に属する公有水面」(すなわち国有水面のこと)の使用は許可制として、水面使用料を徴収することになっています。これを建設省〔現・国土交通省―MANA〕では現在でも踏襲しています。
 しかし、海面の官有か公有水面かの論争に付随して、漁業権は「公権」か「私権」かの論争がありました。すなわち、漁業のために海面を使用するには官有の海面を借用しなければいけないという公権論と、漁業権は、従来から藩主の免許という行政処分で設定されていたが、その性質は私権であるという意見です。そして、海面官有宣言の撤回によって、大蔵省側の主張した、漁業権は公有水面で漁業を営む権利である私権であることの決着をみています。

公有水面と公共用水面の整理

 熊本   公有水面埋立法には、「国に属する公有水面」という表現がありますが、そのときのなごりということなのでしょうか。

 浜本  そういうように解釈をすべきであると思います。

 熊本  そうしますと、海が公共用水面であるというのは、海面官有宣言の撤回に伴って確立したと考えていわけですね。

 浜本  公有水面と公共用水面の言葉の整理をしておきましょうか。漁業法でいう場合の「公有水面」は、明治34年制定漁業法〔いわゆる「明治漁業法」―MANA〕でいう「公有水面」のことです。公有水面埋立法に書かれている「国の所有に属する水面」ということではないのです。明治漁業法立法当初から「公有水面」は、公共用水面と同じ意味であるという立法趣旨になっています。明治43(1910)年に漁業法の全部改正でこの「公有水面」は、「公共用水面」とその表現が変わりましたが、意義には変わりがありません。現在の漁業法でいう「公共の用に供する水面」と同じ意味です。

 現在でも、水面に関する権利、たとえば、公有水面埋立法による公有水面埋立権や河川法による水利権などについては、それが公権か私権かという議論があります。水面に関する権利は、公有水面埋立権などほとんどが公権と解釈されます。しかし、漁業権については、先ほど申しましたように議論の余地なく私権であることが確立されているのです。

公共用水面利用と地先権

 熊本  公共用水面ですから、万民に開かれている水面である。いろいろな人がいろいろな利用の仕方で利用できる水面になったわけですね。そして、そのいろいろな利用の仕方の一つに漁業を営む権利もあって、漁業権もそのなかの一つであるということになった。しかし、漁民の意識としては、「われわれの海」とか、第1編で浜本さんがいわれる「地先権」というような権利意識がずっと続いている。慣習のなかでその意識が続いているということになるのですね。

 浜本  わたしが地先権をいっている意味は、日本社会が、地先権という慣習を認めているということなのです。潮干狩りとか、地先の海を利用するときに、地元の漁協に海面使用料を支払いますね。その支払うときの根拠が、地先権に慣習があることをものがたっているのです。

 熊本  このことが、現在いろいろな海の利用の仕方をする人が増えてきていることに伴う問題としてクローズアップされてきたということでしょう。

 浜本  そうなのです。海の利用者は増えたけれども、一方で、漁業権者、入漁権者の同意があれば海面の埋め立てができるということは、その裏側に慣習上の地先権者が同意をすればいいということを見ているんだということを理解すべきです。わたしはそう思っている。だから、日本社会が地先権の存在を公認しているということが、公有水面埋立法にある漁業権者、入漁権者の同意があれば、「やむを得ない」とか、「いたしかたない」という感情を抱くのと同じだといっているわけです。公有水面埋立法もうまい立法の仕方をしたものですよ。

海面上のさまざまな権利について

 熊本  同意のうえで慣習を利用しているわけですが、法律的にいえば、海面には漁業権者、入漁権者以外にもいろいろな権利がある。その意味から、それらの権利を無視して埋め立てていいということにはなりません。

 浜本  そうです。それで、公有水面埋立法では、第5条で「公有水面に関し権利を有するもの」として物権であるものをならべている。引水権とか、排水権をあげています。しかし、漁業権、入漁権を除いて、これらの権利がどれほどの埋め立てのチェック作用あるいは促進作用をしたかどうかは、功績も害のどちらもないようです。漁業権以外の物権である引水権とか排水権はまだ、裁判所も認めていないと思います。

 以上、引用終わりです。

 どうですか、論文じゃないからわかりやすいと思います。国土交通省と海洋とのかかわりと、海洋における漁業権の私権としての位置づけわかりましたか。なんとなく、海はだれのものか?という問いにたいする、それぞれの立場のひとがどう理解したらよいか、考えるきっかけになるのではないでしょうか。

 この考え方に反論を唱える立場の人もいるし、そういう法律学者の人もたくさんおられるのですが、公権論、私権論のどちらが正しいのかという学説論争はペンディングしておいても、一ついえることは、現在まで、浜本さんと熊本さんが語っている内容のことが、現実に実体として沿海域の権利関係として続いてきたことを否定することはできないことだけは確かなことなのです。これがポイントなのです。

BY MANA(中島 満)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年1月13日 (土)

今なぜ「海洋基本法」なのだろう?(その6)

「奪われたものを取り戻すこと」と「在るものを守ること」について

 こんなに長くなるとは思っていませんでしたが、いつものようにしつこいぐらい長くなってしまいました。とても読みやすいブログとはいえませんが、次の回に「目次」を載せますから、関心がありそうなテーマがあればそこからお入り下さい。

 結局のところ、海や川や水辺の管理と沿岸地域住民や流域住民の権利について考えてみたかったのです。

 海洋基本法に「開発」という二文字は消えていますが、1970年代に国土総合開発計画の一環としてとして策定された、海洋を国土と一体とした国(国土交通省)主導による「総合」「管理」の体制を敷くことを目的に策定された「沿岸域管理法」案とセットで立案された「海洋開発基本法」の考え方を受け継いでいるということを、これまで見てきました。

 海洋基本法が沿岸域管理制度とは切り離して法制化されるものなのかどうかは、これまで報道された記事からは読みとることはできませんが、はじめに書きましたとおり、「海洋」管理という概念から「沿海域・圏」を切り離すなど事実上出来るものでもないので、今回は、これまで議論されてこなかったといっても、沿海域(圏)管理をも当然視野に入れての制定趣旨であろうと、わたしは考えています。また、このかかわりについて、制定作業に入っている国会議員の委員の方々にも国民にきちんと説明を行なってほしいと思っています。

 最後に、海洋基本法という国と海洋とのかかわりを宣言し、総合管理する計画に基づき海洋管理政策が展開される時の、国民と海洋(特に沿海域圏)とのかかわりに、従来制度とくらべてどのような変化が生じるのかを、明確に示してもらわなければいけないのだと思います。

 例えば、川と流域住民とのかかわりを考える時、河川法制度においては、川は「公共用物」であり、「私権の目的」となることができない(河川法第2条)と規定されています。つまり、川の流域住民が、昔からその川の流れや河川敷や周辺域を利用して暮らしをしてきた事実があっても、法的には、流域住民の「私権」は排除されているのです。

 そのかわり、川や水辺の自然環境保護や流域住民の利用(アクセス)の要求、あるいは国(国土交通省や農林水産省)の総合計画行政によるダムや河川の行き過ぎた無駄な公共事業への批判を受けて、平成9年河川法が改正され、第1条目的に「河川環境の整備と保全」がうたわれることとなり、流域(地域)住民の意見を公聴会などにより河川整備計画に反映させる仕組みが作られました。しかし、広域的開発を基本においた総合計画行政に、そもそも、一定の共通する利害を共有する地域(流域)住民の個別、具体的な要求を聞き入れて計画内容を変更して予算額を修正したりするフレキシブルな対応が至難の、この国のシステムであるからこそ、環境に配慮したモデルケース的な新規事業を行なったり、住民の声を聞き入れたレアーな計画修正例は作れても、根本的な問題解決には至らないのです。

 平成9年の河川法改正(海では海岸法や漁港法等の改正)に見られる流域や地域住民という市民の声を聞くという公共事業の仕組みが変わったのですが、近年、住民参加型公聴会システムで、システムはあれども住民の声は反映されない硬直したお役所仕事の実体が垣間見えるようになってきました。

 このような平成9年公共事業関連法の改正後の国の対応に、河川行政に対しては「川を流域住民の手に取り戻そう」という、市民側からの、近代の歴史の反省と見直しを視野に入れた自然領域を「公」の管理権限から「私権」回復を要求する運動がおこってきています。

 海洋基本法の制定の動きに話を戻しましょう。

 川は、利水治水や防災という流域住民にとっての公共益の達成を人質に取られたかのように私権を排除された「公共用物」によって「官有地」といってもよい国の強い管理権限によって、流域住民の川への立入りや利用といういわば「地域権」(最近「里川」概念が登場してきましたが、里川足りえるかどうかのポイントが、この「地域権」の存否にかかってくるのだと思います)は否定されているが現実です。

 それでは、海はどうでしょうか。私が共著者として加わった「海の『守り人』論」(1996年)や「ローカルルールの研究」(2006年)で述べているように、漁協や漁村を構成する沿海地区住民の地先の海を利用したり管理したりしてきた慣習的権利(「地先権」)の存在が、漁業を営む権利としての実定法規に規定された「漁業権」とが一体となって地先の海域との「私権」的つながりが近代法が整備されて以後、現在にいたるまで維持されてきました。

 海については、流域住民から奪われた川の「流域権」というか「地域権」を取り戻そうという運動を起こすまでもなく、沿海地区住民の手に「私権」(漁業権)と「慣習」(地先権)は存在しているのです。問題は、沿海地区住民のうち資格を持っている漁業者と沿海地域住民と地域外の市民との協力関係を作り出すことが、これからの課題であろうと、私は考えています。「里海」の考え方は、その市民同志のつながりあいをベースにおいた、自然領域の利用と管理について考えていくことだと思います。

 海洋については、沿海地区住民の私権と地先権を守ろう、あるいは権利の実態を弱めようとする国の政策変化がおこったら、「奪うな」という運動になるわけです。「海洋」を国が「総合的」「計画的」に管理しようという考え方をとろうということは、つまり、現在、そのような管理権原を国が海に持っていないことからくる動きなのですから、わたしたち市民は、海という自然領域の管理と利用はどのようなシステムがよいのだろうかということを、しっかりと考えて、いまこそ、川の現状、水辺の状況、海や海辺の現状、山の現状、広い意味での国土の現状について、論議を活発にさせなければいけないのだと思います。

 私にとっての環境を考えるということは、そういうことですし、環境や資源を守ろうというときに考える時の原点にあります。

 海洋基本法の法案のなかみもきちんと検証する必要がありますが、国が海洋という自然領域を管理する姿勢を、あらためて宣言しようという段階に来たのですから、はじめに言いましたように、関係諸外国との資源戦争や権益争いという国益論の背景にある、わたしたちの身近に常に存在している海辺や水辺のテーマをきちんと見ておくことが肝要であろうと思います。奪われたものを取り戻すこともとても大切ですが、今現実に手元にあるものを奪われないように守ることもまた大切なんですね。森に木を植えて森を涵養し、水の流れを豊かにして川や水辺に昔のような流れを復活させ、海や海辺の自然の営みへとつなげていくことが里山、里川、里海を考えていくということになります。

 By MANA(中島 満)(C)2007年1月13日記す。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

今なぜ「海洋基本法」なのだろう?(その5)

海洋政策を各省庁はこれまでどのように分担してきたのだろう?……国土交通省と農水省等他省庁の所管行政(既得権益の保護)について

(1)沿海域管理法(海洋管理基本法案を含む)に農林省(水産庁)が反対した理由

 タイトルその4で紹介した、資料(1972)に示された建設省が策定した「沿海域管理法」(資料には要綱のみ記載、成案は同年12月に関係省庁に提示)と「海洋管理基本法」(案・構想)は、結局、他省庁のなかでも農林省(現在の農林水産省)の所管部局であった水産庁や運輸省、通産省の反対にあって国会(昭和48年通常国会)に上程されることなく、現代まで構想資料として伝えられるにとどまりました。

 当時の建設省が法案の省庁折衝を始めたときの反応がよく表れている水産業界紙「水産経済新聞」1973年(昭和48年)2月2日(要確認:私の切り抜きファイル帖に日付記載なく記事内容から〝推定〟の記載です。あとで確認します。)の記事があるので紹介しておきます。

漁業権の没収可能/水産庁、全面撤回を要求(主タイトルとサブタイトル、以下前書き)

 建設省は今国会に「沿岸海域の公共的管理に関する法律」を提出する方針を固め現在、水産庁、運輸省など関係省庁との調整作業を始めているが、この法律は沿岸海域が国土を構成する重要な公共用物であるとする基本的な考え方から出発し、同省がこれを所管、管理することを目的としているだけに漁業会に対する影響は非常に大きい。これに対し、水産庁は同法律は沿岸漁業者の既得漁業権を侵害するおそれがあり、問題にならないとして全面撤回させる方針である。日本沿岸沖合い海域の管理を規定した法案は、昨年末、運輸省が海上交通法案を、水産庁が海洋資源開発促進法を提出しており、そのほか通産の鉱物資源開発法案、環境庁の自然保護法などが近くでそろうものとみられ、沿岸海域をめぐる関係省庁間の〝制海権争奪〟がますますエスカレートしそうである。

海域利用、占用許可料も徴収(中見出し、以下記事本文)

 同法案によると、沿岸海域の管轄権を建設省が持ち、公共福祉に寄与するための管理が他のなによりも優先することになり、漁業界にとってはたとえば既存の漁業法に基づく漁業権が、この法律に基づき知事からの海域利用の占用許可となり、しかも知事は専用料を徴収できることにしている。

 また沿岸海域の使用の調整の項では、既存の沿岸漁場に公共的な管理が必要となった場合公共的工事の新築などは漁業者の同意がなくても従来より公共性が著しく大きい場合はこれを許可できる権限を与えている。

 したがって既存権益(漁業権など)といえども公共的管理の名のもとにこれを排除できるわけだ。これは国の漁業と建設土木業との産業比重にかかるところが大きいうえその判断の主体が建設省となれば調整の行く方は見当がつく。

 水産庁は28日〔おそらく昭和48年1月―MANA〕に始めて建設省から同法案の説明を聞いたが、単に沿岸海域の所管争いではなく、反対意向を強く打ち出す考えである。

 同法案による漁業への関連の大きい問題点は次の通り。

 沿岸海域は国土を構成する重要な公共用物であり、したがって建設省が公共的見地から所管、管理する。

 沿岸海域とは港湾、漁港区域を除く全領海水域をいう。

 沿岸海域の管理者は当該県知事か、知事から指名による市町村長をいう。

 知事による海域利用の許可権限=◇海域利用の占用許可。これには漁業権も含まれており、占用料や産出物採取料を徴収できることになっている。◇木石採取許可◇工作物設置許可◇管理上、公共的利用に支障をおよぼすおそれのある行為の禁止。

 沿岸海域の使用の調整=◇前④の許可申請があった場合、漁業権者に知事から通知する。◇漁業者は損害予想額をそえて知事に意見をのべることができる。◇知事は漁業者の同意がなくても次のときは許可ができる。

イ)許可による事業が従来より公益性が著しく大きい場合。

ロ)知事が損害防止施設を設立する場合。

 ◇損害に対する補償は許可者(知事)が支払う。補償額は当事者どうしが話し合って定めるが、これがまとまらないときは知事が収用委員会の意見をきいて裁定する。◇裁定に不満な漁業者は訴えを起こすことができる。

 沿岸海域整備事業(公共的利用およびこれの環境保全のための海岸工事、防波堤、造船、しゅんせつなど)=知事に実施義務を課し、知事以外もこれをできることにしているが、費用の原因者および受益者負担義務を課しており、強制徴収できることにしている。

 農林大臣が漁港区域の指定または変更をしようとするときは沿岸海域管理者に協議しなければならないものとする。

(2)関係省庁のコメントにみる省庁間の意見相違

 以下も(1)と同じ記事からの引用です。

ぜひ必要な法案 建設省

建設省水政課談 国土と一体として海洋を開発利用していくことが70年代の国土建設の重要課題であり、海洋の計画的総合利用のための法律は必要だ。現在各省庁に意見を求めているところであり、すでに運輸省から提出されている。通産も今日(2日)〔おそらく昭和48年2月2日―MANA〕あたり来る予定だ。水産庁からはまだきていない。

管理海域しぼれ 運輸省

運輸省大臣官房海洋管理官談 建設省の法案には非常に多くの問題がある。最も基本的な問題としては、海域の管理対象を領海全域にしている点だ。確かに海域の利用を現在のまま放っておくことにも問題があるが、といって建設省で領海全域を管理するというのは飛躍である。せめて重要海域を対象とすべきだ。

漁業軽視の悪法 全漁連

 全漁連漁政課長談 正式には建設省から法案の内容はきいていないが、とにかく漁業を軽視している点は非常な問題だ。というよりも検討対象にもならぬような内容で、「ハシにも棒にもひっかからぬ法案」といえよう。まだ、省庁間の話し合いの段階なので、水産庁に全面撤回してもらうようがんばってもらいたい。

全面的に反対だ 水産庁

 水産庁総務課談 もっか、水産庁としての意見をまとめているところだが、基本的にはこのような法案は提出する必要性はぜんぜんないと考える。従って全面撤回させるよう強くはたらきかける方針だ。

鉱業権の侵害へ 通産省

 通産省海洋開発室談 まだ建設省から法案に関する説明を受けていないので、くわしいことはいえないが、われわれの方には鉱業権というものがあり、これを侵害するような法案であれば反対せざるをえない。海の利用というものをもっと多角的に考え、法案を提出すべきだ。

 あんまり論評せずとも、当時の建設省が、公有水面埋立法の改正に合わせて提出しようとした「沿海域管理法」案における「管理」の内容には、ただ省庁間の権益以前に、日本の実定法制において海洋に存在する漁業権や鉱業権などの物権的権利を侵害する条項を含んでおり、行政法学上の自然公物(公共用物)理論を前提に、国と海域との関係を、広い意味での「官有水面」化するもくろみは、引っ込めざるを得なかったということだろうと思います。

(3)国会に成案が提出されなかった理由……金丸新建設大臣の答弁より

 ちょうど、その年の国会(第71国会)参議院建設委員会で、公有水面埋立法改正を審議する建設委員会で、公明党の二宮文造委員(参議院議員・現在死去)の「せっかく成案を得た……海域管理法が(今通常国会に)提出されなかった。……いつ提出されるおつもりなのか……伺いたい」という質問に答えて、当時の建設大臣であった金丸新・国務大臣は次のように各省庁間の調整が不調に終わったことを述べています。

「海域管理法といういま御指摘の法案の案につきましては、河川局でこの問題をいろいろ取りまとめましてある程度の成案は得たということであります。なお海洋審議会等にこの問題をかけております。問題は非常に内容が広範でありまして、これをまとめるということは建設省だけでまとめるわけにいかない、各省庁にまたがるというような関係もありまして、今回国会に提出することができなかったと、こういうようないきさつでございますが、できるだけ早い機会に各省庁と連絡のもとに成案を得まして、また審議会の答申の案も得まして、御指摘のように一日も早くこの法案を提出するような方向に持っていきたいと、こう考えておる次第でございます。」(第71国会参議院建設委員会、昭和48年8月30日開催、同議事録より)

(4)海洋基本法制定の背後には「沿海域管理法」の思想が浸透しつつあるのではないか?

 1月7日産経新聞朝刊には、「海洋基本法案、民主も賛成、海洋政策を総合管理へ」 がのり、「文芸春秋編日本の論点PLUS」1月11日付「海洋基本法案」においても次期通常国会での法案通過は当然であるかのような書き方です。確かにそのような動きになるかもしれませんが、国益を前提に考えるだけではなく、海洋を国が管理するために総合管理政策をとる以上は、海洋における沿岸海域に存する漁業権や鉱業権という実定法上の財産権の保護ばかりではなく、沿岸域の地域社会(「漁業・漁村」地域や漁協や沿岸漁業者集団など)の地先海面を長い歴史をかけて利用管理してきた慣習=地先権の侵害を起こすことのないような管理内容の限定条項が確認をされるべきであろうと思います。

 このような考えが杞憂に終わることを願うばかりですが、国益を守ろうという既定事実化した海洋管理思想の実態的な影響力を軽視することはできないような気がします。

 最後に「今なぜ海洋基本法なのだろう?」(その6)として、「海や川や水辺の管理と地域住民の権利」について簡単に思うところを述べて、少々しつこい連載ブログをまとめたいと思います。

 「今なぜ海洋基本法なのだろう」その6「海や川や水辺の管理と地域住民の権利」に続く

By MANA(なかじまみつる)(C)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年1月11日 (木)

今なぜ「海洋基本法」なのだろう?(その4)

国(建設省)が「海洋を自然公物として認識する」ということを宣言するってどういうことだろう?

                                         その1へ

(1)沿岸域管理法案=「海域管理法」(仮称)の内容について

 国が海洋を管理することを、基本法という宣言法的計画法によって理念を示しながら、その理念を支える、国が海洋を管理する根拠と具体的な管理計画を示した「海域管理法」の制定とをワンセットにして、この提言がなされています。

 今法案作りが急がれている「海洋基本法」も、1970年初頭当時の「海洋開発基本法」(案)から「開発」が取り除かれているといっても、国の海洋を管理する理念の骨格は十分に研究されてきたわけであり、この提案と基本的には同じ国土交通省あるいは国のスタンスが投影されると考えられますから、ここから読みとれる国の意図や手法を考えるうえで、参考とされてよい資料だと思います。

 むしろ、基本骨格の提案文ということで、いたずらな専門家しか理解できないような暗号のような条文よりは、よく示されているということで、あえて、全文を引用してみました。

2.海域管理法(仮称)の立案

(1)法制定の必要性

 ① 港湾法等の特定目的からする特別法の適用がある場合のほか、海洋(海底)は、建設省設置法第3条第3号および第8号の規定による建設省所管の国所財産として都導府県知事が管理している。しかしなから、国有財産法は、財産的管理に主眼を置いた一般法であるため、海域の無断占用、不法占拠等について監督処分等の行政処分による解決ができないこと、海域の占用等の許可条件、その取消し、許可対象の内容、占使用料等が不統一であること、同法上の使用手続きが煩雑であるとともに使用料が原則として国庫に帰属し、実際の管理者に帰属しない不合理さがあることなど、同法による管理では、現実化した多種多様の海洋利用に対処しきれない。
 このため、人類共通の財産としてかけがえのない海洋について、これを本来の自然公物(公共用物)であるとの認識に立脚して、適正な管理を実施するための原則的な法制が必要である。

 ② 海洋は、従来、低度利用であったために、一般には自由使用に放任しても、さして社会的混乱、問題を生じなかったが、海洋鉱物資源の開発をはじめ、臨海工業地帯の造成、海洋レクリエーション施設の整備等各種の利用開発が活発になってきたことに伴い、利用者相互間の調整、秩序だった利用、自然環境の保全等について、統一的なルールを必要とする段階に達している。

 ③ 海洋の利用開発がひとたび雑然と錯綜して行なわれた場合、その再開発整備は非常に困難であり、また破壊された海洋の自然環境を復元することは不可能といえる。このため、海洋の利用開発を整序づけ乱開発を防止し、かけがえのない海洋環境を保全するため、とりあえず海域内の土地の占用、工作物の設置等比較的は握しやすい管理態様からアプローチした法制の整備か急がれる。

 ④ 次項の海洋開発基本法の前提条件として、また、同法による秩序だった利用開発を確保するためにも、海洋の管理を充実強化する法制を整備する必要がある。

(2)法の概要

 ① 海域が自然公物(公共用物)であるとの認識に立脚して総合的な海域の管理制度を定めることにより、その有効利用および環境の適正な保全を図ることを目的とする。

 ② 管理の対象としての海域は、領海全域およびこれと一体として管理することが必要な自然公物たる海浜地(陸地)とする。

 ③ 海域の管理の主体として海域管理者を置く。
  海域管理者は、都首府県知事とする。

 ④ 海域管理者は、公共用物としての海域の特質に即して、海域の管理を適正に行ない、かつ、海域の有効な利用を促進するため(管理行為の基準として)、海域管理方針を定める。

 ⑤ 海域は公共用物として一般公共に秩序だって利用させるものとし、このため、海域管理者の許可を受けなければならない行為は次のとおりとする。

イ)特許行為として   海域内の土地の占用/土石等の採取
ロ)禁止の解除として  工作物の新築、改築または除却/土地の堀さく、盛土その他/土地の形状を変更する行為/その他管理のために支障とする行為

また、海域管理に支障を及ぼす行為を行なった者に対する必要な罰則を設ける。

 ⑥ 海域管理者は、海域管理上その他公益上の必要がある場合においては、許可に必要な条件を付し、許可を取り消し、変更し、その効力を停止し、条件を変更するなど必要な監督処分をすることができる。

 ⑦ 海域監理員制度を設ける。

 ⑧ 海域管理者は、海域の公共利用および環境保全のため必要な調査および海域の整備のための事業を行なうことができる。

 ⑨ 海域整備事業に要する費用、その他管理に要する費用は、その一部を国が負担する。

 ⑩ 海域管理者は、その管理する海域内の土地の占用および土石等の採取について占用料または採取料を徴収することができる。

(3)問題点

 ① 法案の立案上さらに検討を要する事項のうち、主なものは、次のとおりである。

イ)河川区域、海域保全区域、港湾区域、港湾隣接区域、公告水域、漁港区域、保安林、保安施設等、現在他の法律に基づき特定目的により管理されている分野についての調整措置のあり方

ロ)海域管理者を一元的に都道府県知事とすることの是非、さらに特定の海域について共同許可等の調整制度の具体的なあり方

ハ)海域管理方針は、国土計画、地方計画等法律に基づく計画その他の国の定める方針に適合したものでなければならないが、さらにその具体的内容

ニ)海域管理者の許可を受けなければならない行為としての管理のために支障となる行為の具体的内容

ホ)海域管理者が行なう海域整備事業の具体的内容およびその推進策

 ② 海洋(海底)は、建設省所管の国有財産として、都道府県知事が管理しているが、新法制が整備されるまでは、責任官庁として今後の海洋の適正な管理に支障を及ぼさないよう国有財産としての管理をさらに厳格に行なうべく、管理基準を策定するとともに、その溢路となっている都道府県の執行体制を強化する必要がある。

(2)「海洋開発基本法」の内容について

 これも、資料(1972)からの引用です。

3.海洋開発基本法(仮称)の提唱

 海洋の利用開発を総合的計画的かつ積極的に推進するためには、国等による各種の施策の実施、民間の開発エネルギーの誘導、規制措置が必要である。これらが一せいにス夕ートしようとする現時点において、政府施策の統一的なルールを確立し、秩序ある海洋開発を進めるため、海洋開発基本法制を整備することが適切である。

(1)法制定の必要性

 ① 海洋の本来の機能と調和した利用開発のあり方を明確にし、これを基本として、各種の個別プロジェクトが相互に調和し、整合性のとれた海洋全体の利用開発を推進するため、海洋の利用開発に関する基本理念を確立する必要がある。

 ② 国土が狭小であるうえ、国内資源の乏しいわが国にとっては、海洋を有効かつ適正に利用開発することは重要な国民的課題であり、このため、海洋開発をナショナルプロジェクトとして位置づけ、国および地方公共団体の先導的役割を明確にするとともに、海洋開発に向う民間エネルギーを適正に誘導し、方向づける必要がある。

 ③ 海洋開発の活発化に伴い、各省庁において各種の施策が積極的に講じられる動きがあるが、これらの施策は海洋全体の有効な利用と適正な環境を確保するには必ずしも十全ではない。このため、政府施策について統一的ルールを確立し、その整合性を確保する必要がある。

 ④ 海洋の利用開発の現況および将来計画ないし将来構想をみると、海域によりその状況に濃淡があり、内容も多様で、かつ、流動的であるなど過渡的状況にあるので、まず特定海域を中心として全海域について海洋の利用開発の基本的方向を定める必要があり、また海洋開発を推進させるための前提となる総合的な基礎調査、科学技術、技術者、情報収集等はまだ不十分である現状をふまえ、海洋開発を総合的に推進させる諸施策を一体的に講ずるため、計画法的な基本法体系が必要である。

 ⑤ 国土総合開発法、首都圏整備法、都市計画法等既存の法体系が整備されているが、これらは現在までのところ陸域の開発整備に主眼を置いた運用がなされてきた実態にかんがみ、この際、海洋開発のわが国における重要性を十分認識し、海洋の特性を考慮し、海洋の有効利用を総合的に推進し、適正な環境を保全するために、特定法の制度が望ましいと考える。

(2)法制定の提唱

 新規の行政分野である海洋開発の推進にあたっては、単独省庁のみで対処することは、困難かつ非効率であるので、各省庁による協力体制の樹立が不可欠の前提となる。海洋開発基本法の作成についても、建設省としてはその所管にこだわることなく、全政府的な協調と国民的合意の下に立案作業を進めるべきものと考える。
 建設省は国土計画の主務管庁として、海洋スペースの計画的利用を目的とする計画法的色彩を加味した海洋開発基本法について、その実現を積極的に主張すべきであり、場合によって各省庁間の協調関係をきずきつつ、その立案に着手することを考慮すべきである。なお前項の海域管理法は、本来海洋の利用開発を秩序づける海洋開発基本法と一体的に機能して、はじめてより適正な海域の管理を実施するととができるものであるので、この意味においても、海洋開発基本法の制定を積極的に推進すべきものと考える。

(3)法の概要

 ① 海洋の自然的条件を考慮して、経済、社会、文化等に関する施策の総合的見地から、海洋の利用開発に関する基本的方向を定めるとともに、海洋の合理的な開発整備および適正な保全に関する施策の基本となる事項を定めることにより、海洋の有効利用の総合的推進を図ることを目的とする。

 ② 海洋資源および海洋空間の利用開発を積極的に推進するものとするが、海洋それ自体が人類共通の財産としてかけがえのないものであるので長期的な視野の下で、海洋環境との調和を基本として、計画的かつ総合的に推進することを基本理念とする。

 ③ 国および地方公共団体は、先導的役割の重要性を認識し、基本的かつ総合的な施策を策定し、実施する責務を有することを規定する。
   国が、この法律の目的を達成するため必要な財政上および金融上の措置を講ずることを規定する。
   国民は、これら施策に協力する等海洋の有効利用の推進に奇与するよう努めるものとする。

 ④ 国は、海洋開発審議会の調査審議を経て、海洋の合理的な開発、整備および適正な保全に関する海洋利用基本方針を作成する。

 ⑤ 国は、次の措置を講ずるものとする。

イ)海洋の自然環境および生物環境に関する総合的基礎調査の実施、調査体制の整備、調産技術の向上等の措置

ロ)海洋の利用開発に係る科学技術の振興に関する措置

ハ)海洋に関する情報の収集管理に関する措置

 ⑥ 関係各行政機関の長は、海洋利用基本方針を基本として、海洋環境の保全、海洋鉱物資源の開発等その所掌するものに関し、海洋開発整備計画を作成する。

 ⑦ 都道府県は、海洋利用基本方針および海洋開発整備計画を基本として、都道府県海域開発審議会の調査審議を経て、都道府県海域総合開発計画を作成し、国の承認を受ける。

 ⑧ 国が指定する特定海域(相当広範囲な海城において現に複合的な利用によって競合が生じている海域または大都市に隣接する海域で、多目的な開発整備を一体的に推進する必要があると認められる海域)について関係都首府県は、特定海域総合開発計画の案を作成し国がこれを決定する。
 ⑨ 関係各行政機関の長は関係都道府県に対して、

イ)その所掌する事項に関し、都道府県海域総合開発計画の作成上必要な助言

ロ)協議によって、特定海域総合開発計画の作成上必要な助言または勧告をすることができる。

 ⑩ 建設大臣は、海洋の有効利用および海洋環境の適正な保全を図るため、別に定める法律により海域の総合的な管理をする。

 ⑪ 国土総合開発計画、北海道総合開発計画、首都圏整備計画等と海洋利用基本方針、海洋開発整備計画および海域総合開発計画との調整措置を規定する。

(4)問題点

 ① 新規の行政分野である海洋開発は、各省庁にわたっており、行政施策について、その整合性を確保し、海洋開発を総合的に推進させる施策を一体的に講ずるための全政府的な協力体制を樹立する必要がある。このため、内閣総理大臣が海洋利用基本方針を定めることとし、一方では、これを基本としつつ、目的別事業別の海洋開発整備計画については各省庁において作成してきた経緯と蓄積された経験を尊重し、各省庁において作成することとしたが、同様の事情にある海洋開発審議会と各種審議会等との関係をも含めて、さらに検討する必要がある。

 ② 海洋開発基本法のうち、特に計画手法の分野について、国土総合開発法と類似しており、同法との関係を中心に既存の法体係との関係を、さらに検討する必要がある。

 ③ 海洋スペースの有効な利用開発を促進し、適正な規制のもとに良好な海洋環境を確保するため、海洋における地域地区制といった法制のあり方について、さらに検討を進める必要があろう。

 ④ 海洋開発の推進の前提となる海洋環境の総合的な調査を計画的に実施するため、海洋開発基本法と一体となって機能すべく、測量法の整備、海洋調査法等の立案の必要性等について、さらに検討する必要がある。

 1972年法案がなぜ上程されなかったのだろう―農水省(水産庁)の当時の反対理由……今なぜ「海洋基本法」なのだろう?(その5)につづく

 MANA(なかじまみつる)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年1月10日 (水)

今なぜ「海洋基本法」なのだろう?(その3)

幻の「海洋開発基本法」構想について

(1)1970年代初頭にあった「海洋開発基本法」制定の構想

 海洋基本法制定の動きは、国土交通省主導による、国土の総合開発計画(全国総合開発計画)の一環として、これまで、手が付けられてこなかった「海洋」分野について第5次全総(21世紀の国土のグランドデザイン―地域の自立の促進と美しい国土の創造―)のなかで制定を位置づけられ構想がねられてきました。海洋の管理に関する基本法と関連法規の制定については、今回が初めてというわけではありません。そうとうに古くから、海を自然公物(つまり国に支配管轄権限がある公共用水面:「海は国のもの」)として、明確に規定された法律上の位置づけを与える構想がありました。

 その構想の一つとして具体的に、法案が作られ、海洋開発基本法と諸法制定が関係省庁間ですり合わせが行なわれたことがあります。昭和46年から47年にかけて、海洋基本法が平成10年の第5次全総閣議決定以降「21世紀のわが国の海洋のグランドデザイン」()として構想される20年以上前に、国土交通省の前身である建設省時代に「海洋開発基本法」制定を前提にした法案整備を進める動きがあったのです。

 実質的には、この海洋開発基本法案とセットの形で制定を進めようとしていた「沿岸海域の公共的管理に関する法律」(案)(以下「沿岸域管理法」と略します)によって、国が「海洋」全体と「沿岸海域」とをどのように管理するかを定めることを目的として、建設省内に設けられたプロジェクトチームが練り上げた構想が核となっていました。昭和60年度を目標年次に置いた第2次全国総合開発計画(通称「新全総」:昭和44年閣議決定)の計画立案と並行して作業が進められました。

 この海洋開発基本法と沿岸域管理法という二つの法律案の内容について、策定経緯と要綱について記した公開資料:海洋産業研究会発行『海洋産業研究資料』海洋開発と管理に関する建設省プロジェクトチームの報告(抜粋)(Vol.3,№4,1972.5.29)(以下「資料(1972)」と略します)がありますので紹介してみることにします。

(2)海洋開発基本法と沿岸管理法とはどんな法律か?

 二つの法案の制定意図について明確にしめされた 「海洋開発と管理に関する提言について」(建設省プロジェクトチーム)と題する文章の冒頭「まえがき」が資料(1972)にのっていますので以下に引用します。

 まえがき  本文は、昭和45年9月建設省内に設置された「海洋開発と管理」プロジェクトチームにより検討された報告の要旨を纏めたもので、このほど海洋開発審議会に説明されたものである。建設省においては海洋の健全な利用開発を推進するため、国土計画大臣として沿岸海域スペースの陸域の一体化した秩序ある開発と管理を行なうことが最も重要であると考えており、沿海海域を含む国土の総合的利用開発管理の観点から、新しい法制度、海洋スペース利用の推進方策等について提案を行なうものである。

 一方建設省では、70年代に新しい国土建設を効率的に推進するとともに、国民生活環境の破壊と多様化する国民の欲求に対処するため、昭和45年度から建設技術開発懇談会(47年度から建設技術開発会議)を設置し、新たな観点から建設技術開発の基本的方向、官民共同の技術開発体制のあり方等について検討しているが、海洋開発については「海洋開発部会」を設け、プロジェクトチームの提案の趣旨を受けて当面の海洋開発の基本的方向とその推進方策について検討している。

 また、有限な国土資源の保全と活用、安全快適な生活環境の確保を基本的課題として、昭和60年を目標年次とする国土利用の基本構想および実現のための具体的施策等に関する「国土建設長期構想」を現在改訂作業中であるが、沿岸海域スペースの利用開発及び保全についても、本資料で述べた基本的方向にそって具体的な提案を行なう予定である。

 つまり、次の「1.海洋開発と管理の推進の必要性」で、「海洋開発は、その性質上高度の科学技術の結集と膨大な資金を必要とし、かつリスクが大きいため、官民一体となって、ナショナルプロジェクトとして推進する必要がある」とともに、「これまでは無限と考えられてきた海洋資源および海洋スペースについてもその限界性をにんしきすべきであり」、そのうえにたって「計画的、かつ、総合的な海洋の利用開発と管理をする必要がある」という理由です。

 そして、ひとたび雑然とした開発が行なわれた場合、その再開発整備は非常に困難であり、また、破壊された海洋の自然環境を復元することは不可能といえる、として「建設省は、海洋の各種の利用開発を整序づけ乱開発を防除し、かけがえのない海洋環境を保全するため、海洋を本来の自然公物として認識する海域管理法(仮称)の立案を早急に着手する必要がある」という結論をだしています。

 こうした、海洋基本法制定の趣旨(「総合」「計画」をすすめる理由)を、20年後、30年後、「国土」の総合的利用と管理計画を、それこそ国をあげて、推進したあげくが現在、私たちが目の前に、その残骸にふれ、呆然として見つめる以外に手の施しようがなくなってしまったわが「国土」の現状を結果としてみてしまっているところから、いちど冷静に、開発という言葉をあえて使わなくなっているだけに過ぎない(としか私にはみえない)、変わらない法制定の趣旨、目的を見直してみる必要があるように思えるのです。

(3)「海域管理法」について―今なぜ「海洋基本法」なのだろう?(その4)につづく

 決して「国益」ということばに惑わされずに、結果的に国益を減退させ続けてきた国土の開発計画の真の姿を、わたしたちが、がんばって何とか生き抜いてきたそれぞれの自分史の眼で、評価を下したいという気がしてならないのです。

 次に、ここまで触れた「海域管理法」とは、どういう法律であったのか、そして、「海洋開発基本法」を提唱する提案内容を、資料(1972)から見ておくことにしましょう。

By MANA(なかじまみつる)(c)

| | コメント (0) | トラックバック (0)