2009年4月10日 (金)

「里海の理念と水産環境保全」3.27シンポで報告してきました

MANAの〝つたない〟報告の背景にあるものを整理してみました

 2009年3月27日の今年の春季水産学会において開かれた水産環境保全委員会分科会シンポジウム「里海の理念と水産環境保全」に、パネラーの一人として呼んでいただきました。MANAによる報告はは、「地域ルールの実態に着目した〝里海〟の見方―漁場・漁村と里海の間にあるもの」というタイトルで、いつもながらの話しっぷりで話してきました。

2009年3月27日日本水産学会春季大会:http://www.miyagi.kopas.co.jp/JSFS/INFO/sj-info_184.html

水産環境保全委員会主催シンポジウム「里海の理念と水産環境保全」(PDF):http://www.miyagi.kopas.co.jp/JSFS/INFO/sj-info_184-002.pdf

MANA報告「地域ルール実態に着目した「里海」の見方」報告スライド:http://www.manabook.jp/090327localrool-satoumi.files/frame.htm

 当日、家を出る直前、犬の散歩中アクシデントがあり、午前中の部に出席できず(山本さんごめんなさい)、午前に報告されたパネラーの先生がたのお話を聞けないまま、午後の報告になってしまいました。僕の報告より、最後に報告した、福井県雄島漁協米ケ脇支所の松田泰明さんによる「漁師と市民、それぞれの里海。そこからの里海」がなんともすばらしかった。僕のほうは、いつもながら話べたで、本論を話す前に時間が来てしまいました。

なんで「掛布」地区なんだ!!

 これまで漁業権やローカルルールを現代の沿海域・自然域の管理と利用について「漁協・漁業者」と「地域」の役割を考えてきたことを、「里海」を考える視点から整理したことが、今回お話したいテーマでした。上記スライド「地域ルール実態に着目した「里海」の見方」は、恥ずかしながら、松尾さんの住んでいる地区(掛津)を、パソコン変換のなすがままに「掛布」地区としてしました。阪神タイガースファンとして、あとで松尾さんも笑って修正を了承してくれました(当然ですね)。そのスライドに誤植を修正し(まだあるぞ!)、舌足らずだった結論(1)に結論(2)を追加しました。ところが、WEB上でスライドを公開しても、追加した部分が公開スライドでうまくリンクしていないようなので、以下に結論(1)、結論(2)としてブログで再掲して載せておきます。

「地域ルール実態に着目した「里海」の見方」:結論(1)

○漁協・支所・地区の地域社会の役割分担:漁協が合併したり大型化すると地区単位の合意形成によるルール形成は、リーダーや地域の差もあるがむしろ円滑に進むようになる。

○地域外の人(ヨソモノ)と地域内の構成員と漁協等既存組織の交流の仲立ち機能:NPOやそれに順ずる団体が、漁協の担いずらい事業にたいして担い方を分散できる:生産活動・比生産活動・環境保全環境教育活動(市民的利用):ボランティア活動

○漁業的利用のみが主体となっている地域社会:漁業的利用と市民的利用とが共存する地域社会=この相違に目を向けてみるときに、地域社会の構成者によってのみ管理利用のルール形成およびその変更が可能となる自然領域の所有(漁業権、地先権、入会権)にかかわる対外的には「閉じた:閉鎖的」な慣行(ルール)を、現代社会経済の需要にあわせた可能な範囲での「自主的な開放」ルールをつくり提案することによって、生み出される「価値」を、活かす手法作り。

結論(2):さらなるまとめ

○沿岸域の海と陸の自然資源の利用と管理を考えるとき、ローカルルールの合意形成をはかる上での最小単位の地域実態Aに着目しよう。

○地域実態は、その地域の経済・社会・文化の歴史によってそれぞれ異なり(A1、A2……Ax)、それらの一あるいは、いくつかが重なって現在の行政区画の最小地域Bを作っている。

○AあるいはBの地先の海(浦浜)の関係が「里海」の実態である。

○旧来からの漁村や漁業地区の概念をあらたに見直し、合併の歴史や人口流出や新住民たる市民社会流入の変化要因を考慮しながら、現代その地域が実際に機能しているあらたな地域の概念を再構築する必要があるのではないだろうか。

○それらの地域実態が持続可能な経済社会を成り立たせる条件を満たす地域住民の意思(合意・政策への賛否など)に基づいた沿海域の自然資源の利用や管理、地域開発計画であるべきであろう。

○つまり、地域実態の数だけ多様な姿の「里海」がある現状を要件に含んだ自然資源利用管理計画が沿岸域政策をすすめる上で大切なポイントとなる。

 なお、今回の報告では、京都府網野町漁協の松尾省二さんとの出会いと、彼の掛津浜遊浦(かけつはまあそびがうら)の太鼓浜における共同漁業権漁場を入域して魚介を採捕したい市民に開放した意欲的な取り組み事例を取材できたことをとおして、とても大切な現代的な意味に気づいたことをお話してみたかったのが第一でした。

敷田麻実さんの沿岸域管理論の意味が理解できた

 また、もう一点は、この取材から、あるテーマが浮かび上がってきたことについてお話ししてみたかったのです。

 何年か前に、MANAが取材して記事(「漁協と共済」リレートーク)にした、

MANAインタビュー:北海道大学観光学高等研究センター教授 敷田麻実さん「もっと地域社会に開いていこう―これからの漁村・漁協がむかうかたちとは?―」:http://satoumi.cocolog-nifty.com/070514-85sikidasensei.pdf

北海道大学観光学高等研究センターの教授である敷田麻実さんが語った話の内容についてです。このときの意見交換のときには、気がつかなかった重要なテーマにつながっていることに、整理しながら気づいたことです。敷田さんを取材した時点では、敷田先生が、松尾さんや、松尾さんのお父さんたち地域の人々が行なってきた「琴引浜の環境保全活動」の意義を、沿岸域管理と地域の役割とを「ヨソモノ」概念を取り込みながら

「地域の沿岸域管理を実現するためのモデルに関する研究:京都府網野町琴引浜のケーススタディからの提案(敷田麻実、末永聡)2003年日本沿岸域学会論文集」:http://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/bitstream/2115/34931/1/1255.pdf

を提案していたことに気づいていなかったのです。

 それが、MANAが「漁業権開放」のテーマ「里海」と沿岸域における「地域実態」のかかわりを追いながら考えを進めてきた段階で、このサーキットモデルの背景にある敷田先生の沿岸域管理の思想に気づき、敷田先生の言わんとすること、MANAがこれまで主張してきたこととが、〝ぴたっと〟あてはまったのですね。正直いいますと、「もっと地域社会に開いていこう」の記事を書いたときには、敷田先生が「閉じつつ」「開く」ということの、本当の意味には、気がついていなかったことが、今回よくわかりました。

海のコモンズ論成立のための一定の条件(ハードル)を越えるためには?

 また、今回の沿岸域における「地域実態」の報告の整理によって、これまで考えてきて、うまくまとめられなかった大切なテーマが浮かび上がってきました。

 コモンズ論が、注目されているなかで、なぜ「海のコモンズ論」をきちんと語る研究者が少ないのか、ということです。

 沖縄や東南アジアにおける海と人とのかかわりを語るときに、フィールドワークをもとに「コモンズの思想」展開する研究成果はたくさん出て、このことにおいては、とても大切なテーマとして、注目し、評価をしてきました。

 しかし、この「コモンズの思想」の延長線上に、日本全国の海(沿岸域)を考えたときの海と人とのかかわりにおける沿岸域の利用と管理についての一般理論が、うまくのってこないことに、気づき、どう考えていったら、ぴたっと一致してくるのかなあと、常々思ってきたのです。

『ローカルルールの研究』をMANAも加わって出版し、その著者の一人である池田恒男先生らが、「〝コモンズ論〟と所有論」(池田分担著)、「近代土地所有権論再考」(牛尾洋也分担著)から「コモンズとしての入会」(鈴木龍也分担著)などを含めた『コモンズ論再考』(晃洋書房)の提起した意味をこめて、海におけるコモンズ論を成立させるためのいくつかのハードルとしてとらえてきたのですが、「漁業権」の沿岸地域における役割や機能にたいする「攻撃」があちこちにくすぶって(攻撃される理由がよくわからないままに、あちこちで漁業権は現代にマッチしない権利であることの主張が噴出して)いる中で、どういう方向性、位置づけで整理をしていったらよいのかを考え続けてきたのです。

『コモンズ論再考』(晃洋書房。2006年):ブログ版「MANAしんぶん」「『コモンズ論再考』では何が提起されているのか?」:http://manabook.cocolog-nifty.com/blog/2006/11/post_70c5.html

「海のコモンズ論」成立の条件というハードルを越えてしまえば、「里海」論であろうと、「沿岸域管理」論であろうと、「まちづくり」論であろうと、共有できる解決軸として「漁業権」の現代的な役割や機能をはめ込めることができるのではないか(つまり、正当性を持ったものとして:漁業権の正当性は如何ということに対する答えといえるもの)という気がしてきたわけです。

「漁業権」と「入浜権」との間にあるものは意外にしつっこい?!

 言葉を変えると、「漁業権と入浜権の間にあるミゾ」のスキマをどう埋めたらよいのか、ということであるのかもしれません。今年は、高崎裕士氏らが1975年「入浜権宣言」として提起した「入浜権」は、来年(2010年)で35年となったことを機に高崎さんの公式サイトでは、「入浜権宣言35周年記念インターネットシンポジウム」

http://homepage3.nifty.com/eternal-life/netsympo.htm#top

を解説していることを教えてもらいました。呼びかけ人のなかには、MANAと情報交換をしてもらっている何人もの方もいて、あるいみMANAが「漁業権」を考えていく過程で出会えたかたがたです。

 実は、MANAがテーマにしてきた「漁業権と入浜権とのあいだにあるもの」ということを、正面から考えている人というのは、あんまりいないということを、知っています。というより、間があって、そこがミゾになっていて、そのミゾを埋めないことには、先に進まない、それほど、深くてどろどろしたものが入り込んでしまったという、ことに気づいているかどうか、ということでもあるかもしれません。

 明治以来みんなが取り組んできた「近代化」の問題を乗り越えようと知恵を絞ってきたこと、あるいはそれほどさかのぼらなくても、戦後の経済発展のツケを総括的にどう乗り越えるか、というようなことに、取り組んできたけれども、現在、この〝究極的〟なテーマを語りたがらない雰囲気が充満している、そういう閉塞感を抱いているかどうかということでしょうか。結構にしつこいテーマが潜んでいるのです。

「海のコモンズ」論を成立させること、というのは、実はそんなことと同列にあるのではないか、と考えています。ようやく、そうした流れを前に進ませる機が熟してきたのかなあ、とそんな感じを持つようになりました。

 今日は、ここまでにしておきましょう。(MANA:なかじまみつる)

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2009年2月 1日 (日)

グラフィケーション誌1月号にインタビューされました

新しい海の共有―「里海」づくりに向けて

富士ゼロックスが発行する「GRPHICATION」(グラフィケーション)誌の2009年1月号「特集-共用・共有知を考える」で、MANAをインタビューして、表記のタイトルで3ページGraphication1600901hyousiの記事にまとめてくれました。

同誌を編集制作する、ル・マルス(LE MARS)社の編集長、田中和男さんから昨年秋に電話があり、「里海」という新しいとらえ方について話を聞かせてほしい、ということでした。うれしい依頼であり、新聞記事にコメントが載るのではなく、いつも自分がやっていることを、聞かれる立場になって話し、それを記事にまとめてもらえるというのですから、こんなにありがたいことはない。

出来上がった3ページの記事をPDFにして載せておきます。

「Graphication0901satoumi01-03copy.pdf」をダウンロード

特集の巻頭には、「社会の底辺がじわじわとくずれる気配が強まっている。社会的経済的救済が必要なことは誰の目にも明らかだ。しかし、かつてない危機の全体は見えず、解決策は見えてこない。唯一、希望につながる手だてがあるとすれば、〝共〟に考え、〝共〟に行動する市民の自治意識である。〝共の領域〟を活性化し、かつての〝入会〟やコモンズに見られた〝共用〟〝共有〟の慣習を新たな知として現代にとり戻す試みをみんなで支え、広めていきたいものだ。」と、その企画意図を書いている。

私も同感である。たしかに、〝里海〟を考える視点というのは、海と人についてのかかわりの再構築というテーマにのぞむということなのだから、まさに、「海の入会」の現代的な意味や、その役割を地域と市民とで、もう一度考え直してみることにあるわけだ。

「海の共有」は、田中編集長がつけたタイトルだが、そろそろ、海の利用について、こう考えていかなければいけないときに来ているのであろう。また、冒頭に載る、環境経済学者であり、コモンズ研究について意欲的なとりくみをしている、室田武さんと三俣学さんのお二人の「環境・コモンズ・万人権」の対談は、日本における、人と自然領域と社会経済とのかかわりを、「入会慣行」を法制度の仕組みにうまく組み込んできた近代の歴史を振り返りながら、その評価と検証をかたり、最新のコモンズ研究成果を紹介して、ヨーロッパのコモンズの考え方との対比に話を進めている。三俣さんが最後に、結んでいる言葉を引用しておこう。

「三俣:日英の人会とコモンズの比較を、二〇〇五年にお亡くなりになった平松紘という法社会学者が深く研究をされていて、仮に日本で歩く権利などということを言い出したら、農山村では大騒ぎになるだろうとおっしやっています。たまたまフラッと入ったのは黙認しても、それが権利となったら、そんなものは認めないだろうと。日本の人会が地縁のない者には閉じている、そのことは令後、入会近代化という問題と合わせて考えなくてはいけないことだろうと、平松先生はずっと指摘されていましたね。
 その問題を、私は向こう〔イギリス・マン島の調査研究〕へ行って実感しました。絶対的に私的な権利というものはどこまで認められるべきか、一方、私的な権利をどこまで社会的に制限できるか、またその根拠となる正当性はどのような点に認められるか。これらのことは今後さまざまな分野で問題になると思います。
 北米のコモンズ研究者たちは、コモンズの一つの要件として、コモンズとその外部との関係が人れ子状になっていることが大事だと言う。そのためには、どのような入れ子構造になっているのかを当事者らが認識しなくてはならないと。
 その意味では、日本の人会はもう少し閉じつつも開いていくことが大切かもしれません。例えば人会間交流などを通じて。内部の協業関係を壊さないことを前提とし、共同できるところは外部に開いて、共的領域をもっと広げていくことも必要だと思っています。」

 私がインタビューの中で、里海についての視点でポイントなるのが「長い歴史の中で培われてきた〔漁業者・漁村地域と地先についての〕海のルールを基に、主体はあくまで漁業者とその地域の人が担うのですが、自主的に海の一部を開放し、新しい海の利用を考えようという動きが出てきたのです。これまでの沿岸の海は産業としての利用=漁業的利用と、漁業者をはじめ海沿いに住む人々の生活と結びついた利用=慣習的利用ガ中心でした、最近はここに、地域外、漁業関係者意外の人々による利用=市民的利用を加えて考えなくてはならない時代になってきた」という「海はみんなのもの」として、「海を開く」ことによる新しいルールづくりであることにふれました。「閉じつつ」「開く」、そうした選択をしていくときの地域実態に目を向ける必要があるのだろう。「海の共有」の達成しなければいけない課題が、そこにある。(MANA:なかじまみつる)

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2009年1月30日 (金)

女性からみる日本の漁業と漁村

中道仁美編著『女性からみる日本の漁業と漁村』農林統計出版刊

Joseikaramirugyoson200611 女性の視点から漁業や漁村を語っている本は、そういえばこれまでほとんどなかったのではないか。本のタイトルのテーマだけからいっても、著者らの意欲的な、オリジナリティーあふれる活動が読み取れる。

『女性からみる日本の漁業と漁村』中道仁美編著・農林統計出版。2008年11月発行。A5判並製196ページ。

本の構成と担当執筆者:第1章「漁業の現状と女性の地位」(中道仁美)/第2章「漁業従事者における女性労働の位置」(三木奈都子)/第3章「陸上作業の再評価と女性の漁協正組合員化」(副島久実)/第4章「漁業地域における女性リーダーの育成」(藤井和佐)/第5章「環境と漁村女性」(関いずみ)/第6章「女性起業の直売活動と社会的展開」(中道仁美)/第7章「女たちと海」(木村都)/第8章「漁業における女性の研究史」(三木奈都子)

日本の漁村に生きる女性たちを民俗学の視点で著作した瀬川清子や、「婦人労働」研究の岩崎繁野が、この分野では先駆としてしられるが、1980年代以降の漁業情勢の変化を背景とした女性たちの活動や労働環境、漁村や漁業における役割の大切さにスポットを当てた専任研究者の報告は、非常に少なかった。

婦人部活動として魚食普及活動やセッケン普及活動、近年多くなった植樹活動といった行動の紹介はほとんどで、漁村という地域社会における位置づけや、漁業という産業の担い手としての女性の役割を正面からとらえようという視点が、残念ながら欠けていたということであろう。(書きかけです)MANA

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2008年12月27日 (土)

「文芸春秋」にも「里海」の記事載る

涌井史郎氏の「里川と里海の思想」

「里海」のことばが、芥川賞掲載号というので購入した月刊「文芸春秋」誌(2008年9月号)に載っていた。「人と自然をつなぐために」という、「造園家」にしてテレビなどで頻繁に発言をしている涌井史郎氏の連載記事(野村不動産の広告ページですが)の第3回が「里川と里海の思想」。

「里に暮らす人々にとってコモンズとしての川」として、「里山」を論じ、「川はまさにコモンズ(共有の地)であった」と「里川」を論じている。

続けて「海にも、人がかかわることによって、自然の恵みを最大化する知恵があった。その事例が〈サンゴ礁〉や〈干潟〉、「藻場」である。人々はこうした直接人の役に立たず、むしろ漁の邪魔にさえなる存在を逆に保護した。そこが豊饒の海を保障する大切な生物多様性の宝庫であることを経験的に知っていたからである。」沖縄の「イノー」を例にあげ、「これこそは夕餉をにぎわす」漁場となり、「漁民はこうした海の恵みを得るために、渚に近い海の手入れを怠らず、漁についても時期や大きさ、そして雌雄までも自己規制をすることを作法としてきた。ここにも人が関わってこそ得られる自然の恵みの姿がある。だから〈里海〉と呼んで差し支えない。」

今年が、国の施策に「里海」が、各省庁の持ち分の範囲とはいえ、沿岸域にかかる環境、漁業、水対策の一つのキーワードとして位置づけられた初年の年となり、涌井氏が言う「人と自然をつなぐ」視点を論じるばあいには、「里山」に加えて「里川」と「里海」が、「水」を介してひとつながりにとらえるという論調が主流を占めてくることになるのであろう。

それだけに、「里山」「里川」「里海」を連環して(この「連環」のことばもすでにそうとうにゆきわたった)とらえるときに、山にあって川と海にはないもの、海にあって山や川にはないもの、川にあって山と海にはないもの、というような、同質と異質のファクターをかぎ分ける臭覚をあわせもたないと、「思想」といえるようなものには到達できないのではないかというきもする。

来年は、「里海」から「里山」「里川」に向けての、より具体的な発言が増えていくことが必要になってくるのであろう。

(MANA:なかじまみつる)

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2008年12月 6日 (土)

田んぼにかける魚道

ふと、なつかしい風景を思い出しました

愛読しているメールマガジンの中で、官の調査機関発行にもかかわらず、とてもソフトで、しかも刺激的な記事をいつも掲載しているのが、「神奈川県水産技術センター・メールマガジン」です。数号前でしたが、アユカケ取材がきっかけで情報の交換をしてきた勝呂さんの「田んぼにかける魚道」の記事と、写真がとても印象に残ったので、転載許可を得て、里海ブログで紹介することにしました。(©神奈川県水産技術センターメールマガジン・
神奈川内水試・勝呂尚之さん)

○田んぼにかける魚道
 
Sugurotanbogyodo01_2 子供の頃、近所の田んぼの水路に、突如、シャベルカーが出現し、工事が行われたことがありました。何ができたのかな?と、様子を見に行くと、水路はコンクリートのドブと化し、魚やエビ、オタマジャクシなどでにぎわっていたはずの流れには、何もいなくなっています。とてもがっかりしてショックを受け、その近くを通る時には、無意識に水路から眼を背けるようになりました。

 最近は環境を重視し、生物と共存する時代へと変化しています。農業用水路の工事も見直され、生き物への配慮が行われるようになりました。そのひとつに魚道の設置があります。水路は人間の維持管理を重視すると、掘り下げられ、コンクリート化されます。その結果、水路と水田には大きな段差が生じ、生物の往来を分断します。

 実は、水田とその周辺の用水路は、水温が高く栄養が豊富なので、メダカ、ドジョウ、ナマズなどが産卵場として利用し、赤ちゃんの育成場になっています。そのため、水田の減少や水路の改変によって、これらの魚類は、全国的に減少しているのです。

 内水面試験場では宇都宮大学と共同で、絶滅危惧種のホトケドジョウとギバチに適した水田魚道の研究を行っています。主に千鳥X型とカスケードM型という二つのタイプを検討し、魚類行動試験室で魚を遡上させデータを収集しています。これまでに、ホトケドジョウには千鳥X型が適していること、カスケードM型では、魚道内の水深を確保することで利用できることなどがわかりました。

 また、屋外の人工河川「生態試験池」でも、この二つのタイプを並列で設置し、ギバチの遡上状況を調査しています(写真1)。水田周辺に生息する淡水魚に適した魚道を開発し、分断された生息環境を復元することで、メダカやドジョウがたくさん泳ぐ用水路を復活させることができればと考えています。

写真1:内水面試験場・生態試験池に設置された水田魚道(左;千鳥X型,右;カスケードM型)

「神奈川県水産技術センターメールマガジン・VOL.272 2008-11-14」より転載許可を得て載せています。本ブログからの再転載は不許可です。連絡をいただくか、同メールマガジン発行者に連絡してください。)

僕たちの子どもの頃には、田んぼのアゼの草ツミや、水路での水棲動物昆虫の採取が、遊びの常道でした。手づかみでコイやフナやドジョウを捕まえていると、「イタッ」とさされて真っ赤にはれてしまうことがよくあった。そう、ギギやアカザなどの「刺す」魚が、その正体だったが、いまや、それらの小魚たちは、希少魚類にされて、めったにお目にかかれない貴重なサカナになってしまった。

ここに報告されている「水田魚道」は、手作り感あふれて、小型木製水車のような懐かしい田園の風景を醸している。調査研究の正式の報告書を読まずして、直感で、このような試みをする感性にぐっと引き込まれてしまった。

転載許可願いのメールの返事に

「ちょっと寒くなってきたので、今は遡上していませんが、春先にはたくさんギバチが稚魚が遡上するではないかと期待しています。また、室内での試験も来週からはじめます。メルマガで紹介した魚道のほか、ハーフコーン型魚道もギバチに試してみます。また、近くにお出かけのときにでもお立ち寄り下さい。」(神奈川内水試・勝呂尚之さん)

とあった。早春、ギバチのこどもたちに会いに出かけてみることにしよう。 by MANA・なかじまみつる

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2008年8月 4日 (月)

「水産振興」487号『「里海」って何だろう?―沿海域の利用とローカルルールの活用』が刊行されました

中島著[「里海」って何だろう?―沿海域の利用とローカルルールの活用―]が1冊の本になりました

Satouminandarouhyousi

「水産振興」第487号(第42巻第7号)

2008年7月1日発行

編集・発行 財団法人東京水産振興会

非売品:購読希望の場合は、在庫があるかぎり問い合わせに応じてくれるはずです。(東京都中央区豊海町5-9東京水産会館5F 電話:03-3533-8111)

中島 満著

目次:はじめに/第1章「漁業的利用」と「市民的利用」/第2章 漁場を市民に開放する漁業的利用の事例/第3章 漁業者によるNPO設立と里海づくり/第4章 漁業権放棄済み海面に誕生した「里海」/あとがき 金萬智男さんに聞く

「里海」と「ローカルルール」をテーマに、これまで書いてきた小文を、1冊(70ページ)にまとめたものが小冊子になり刊行されました。

「里海」SATOUMI「さとうみ」ということばが、「水産白書」(平成十九年度)や「海洋基本計画」で書き込まれ、また環境省でも「里海創生事業」がスタートするなど、国の政策として実施されるようになりました。

なぜ、いま「里海」を各省庁ごとの政策メニューとして取り上げるようになったのか。いったい「里海」ってなんだろう、というテーマで、海を人が利用するという、原点に立ち返って、「今、海の利用」の仕組みをどのように「変えていったらよいのか」、あるいは「変えないほうがよいのか」、また、実態として、どのようなことが「変わりつつあるのか」を整理し、「ローカルルール」というキーワードをリンクさせて提起した試論です。沿岸域利用を考える参考にしていただければうれしい限りです。

本書には、まだ一般的に定着していない言葉や、また、ききなれない「チサキケン」のような言葉がでてきます。「里海」とこうした、従来から沿岸域の利用のベースとなってきた地域の権利と既存制度とのつながりを、わかりやすく説明するために、注を17項目いれましたが、さらに、説明をしたほうがわかりやすくなる記事もあり、参考付表ととともに、

「里海」って何だろう?「参考資料集」

のページを「MANAしんぶん」サイトに設けましたので、関心のある方は、ご覧ください。

                        By MANA(なかじまみつる) 

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2008年4月22日 (火)

「里海」って何だろう?が記事になりました

Ship&Ocean NewsLetterの185号に拙稿が掲載されました

表題の《「里海」って何だろう?》というテーマで、「Ship&Ocean NewsLetter」(海洋政策研究財団)からの依頼で、2ページにまとめてみました。サブタイトルに、「生業(なりわい)と暮らしを育む里海を考える視点」としたのも、「地域」と「地先」の海の利用について、地域住民と地先の浜との関わりと、役割りについて考えてみたかったからです。

 OPRF,Ship&Ocean NewsLetter№185

 「080420satoumi-kiji.pdf」をダウンロード

地域社会は、時代と共に、大きく変貌をしてきました。国レベルあるいは、広域的な経済圏の影響を受けつつ、その地域が置かれた社会経済環境の要因によって多様な姿へ代わっていきます。つまり、この小文で考えてみたかったのは、漁村とか、農村とか、新興住宅地とか、島嶼とか、工場地帯のような、これまで常識的に、くくってきた地域概念はいつの頃からか、その地域の優位性を表わす特徴としては、必ずしも機能しなくなってきている気がします。

「地域」の数だけ、その地域と地先の海との関わり方の「個性」があるということに、もっと着目してみる必要があるのではないか、ということです。

この小文の最後に、一つだけ事例として紹介した「お台場の海でノリづくりをして、地域の子供たちに、このすぐ身近な、目の前にある海が、どれだけかけがえのない“豊かさ”と“楽しさ”を生み出す自然の場」であることを体験してもらう試み、も、実は、その地域にしか持ち得ない「個」の力、あるいは表現力というものが、備わっているのだ、ということにスポットを当ててみるのに、最適であると思ったからでした。

古くから歴史的に強く規定されてきた「漁業」専業の漁村地区も、埋立地という全く新たに歴史が築かれていく地に誕生したお台場のマチも、地域の人々が海を利用するという関係に眼を向けた場合には、「地域」の対極的な姿の差異がどれだけあろうとも、ある共通した管理と利用の仕組みの原則が存在するということなのではないか、という視点が成り立つのではないかと考えています。

今回、投稿をすすめていただいた、編集代表の秋道智彌先生は、掲載号の編集後記で、次のように、先生にとっての「里海を考える」視点を簡潔に示しておられます。

花の話を里海に置き換えてみよう。人はなぜ、里海や里山にさまざまな想いをいだくのか。本誌で、指摘されているように、里海の厳密な定義はない。その一方で、日本の国は里海、里浜を再生する事業を立ち上げている。そのこと自体には賛成をしたいが、里という語の心地よい響きだけでこのままつっぱしれるかどうか、不安がよぎる。里海という共同幻想についていま一度考えてみる必要がありそうだ。なぜなら、モデルとなる里海などはじつのところない。あるのはそれぞれの地域で育まれてきた個としての里海なのだ。…中略…私の里海にたいするイメージは少年時代に毎夏、訪れた若狭の海で形成された。裸足で浜を歩くときの砂の感触…中略…ただし、(こうした)感性の世界の背景には、自然に及ぼしてきた人間活動の結果としての制度や経済原理などが埋め込まれているはずだ。その糸をときほぐすことこそ重要なのだ。…中略…イメージの世界は、現実の浜を訪れると瓦解する。ゴミで覆い尽くされた浜、油の匂いのする磯。網をつくろう人の姿がない海辺。こんなはずではなかった。そこで失望し、怒りを覚えるのは都会からの旅人だけではない。地域の人々は海をどのように考えているのか。声にもならない心の世界を通じた対話から里海再生を考えることがあっていい。…以下略(秋道智彌氏。Ship&OceanNewsLetter2008年4月20日№185号編集後記)

「個としての里海」であり続けてきた日本の津々浦々の沿岸域は、漁村でも海村でも浜でも、呼び方はどうでもよかった。しかし、実は、「里海」を意識しはじめ、「里海」という言葉が使われるようになり、そして定着しツツある時代になったということは、あらためて、人々と海との関わりの仕組みの糸を解きほぐさなければいけない、ほど、海と人のつながりは希薄になり、のっぺらぼうの没個性の海岸域が多くなってしまったということの証左なのです。再生ということは、自然環境や海生生物たちの現状や将来に、眼がいきがちですが、私の視点というのは、実は、どうしても海と関係を持つ人、とくに地域の人々が海という自然域とのつながりの深さをとりもどしたり、新たに創り出したりする、そういう方向に、どうしても入ってしまうのです。

◎掲載記事中の筆者の校正ミスがありましたので、この場を借りて訂正しておきます。

【誤】5ページ文末下脚注下「お台場環境教育協議会協同事業協定書」(2005年12月12日締結)

【正】「お台場環境教育協議会協働事業協定書」(2005年12月12日締結)

By 中島 満(MANA:なかじまみつる)

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2008年4月20日 (日)

沖縄からの二つのニュースに注目

宮古島DS訴訟の決着「美ら海協力金」の仕組みに期待しよう

先月のある日、二つの漁業権にからんだニュースが、沖縄から届きました。まず、第一が、宮古島周辺海域で10数年間も係争が続いていた、地元漁協・漁業者と、ダイビング事業者とのあいだのダイビングスポット設置とその利用にからむ問題が、決着をみた、というニュースでした。

もう一つは、西表島の網取湾というほとんど未開発で、手付かずの自然環境がのこされた海域に、真珠養殖会社が真珠養殖漁業権設定の手続きを県に対して行ったことに、懸念をいだいたハゼの魚類学研究者からの情報でした。

いずれも、大型の地域開発がからむわけでもなく、全国ネットの情報には全くのることもないので、よほどの沖縄通か、専門の研究者以外、東京や本土に住むかぎりは、まったく知ることなく過ぎ去ってしまう特殊な地域限定マメネタ扱いのように思われがちです。ところが、この背景を探ってみると、海の利用と管理を考える上で、現代もっともホットな最先端をいく課題を提供している情報であることがわかってきます。Miyakodschuraumikyouryokukin

まず、宮古島DS問題の決着について簡単にレポートしておきます。ことの発端は、1997年にさかのぼります。宮古島エリアでダイビング事業を展開していたダイビング業者に対して、地元漁協の一つである「伊良部町漁協」の組合長らが、ダイビングの全面禁止等の仮処分申し立てを地裁宮古支所に行ったこと、でした。もう、それから10数年、漁業者とダイビング事業者との間で、何度もの裁判が繰り返され泥沼化を呈してきた事件ですから、どのような解決をしたか、とても重要なテーマを提供してくれることになりました。

どのような解決をしたのかだけを、先に書いておきます。

昨年半ば、地元漁協の役員改選が行われ、関係漁協の組合長らリーダーが交代し、地元漁業者とダイバー事業者とのあいだでの前向きな話し合いが、ようやく行われることになったのです。そうして、昨年末、約1年間をかけて、宮古地区三漁協と観光ダイビング事業者団体とで構成される「宮古地区海面利用協議会」で基本合意ができました。そして、今年の2月16日に、「宮古地域における海面の調和的利用に関する指針」(ガイドライン)が締結されたのです。このガイドラインにもとづき、「宮古地区海面利用連絡協議会」が設立され、愛称を「美(ちゅ)ら海連絡協議会」とし、「宮古地区における海面利用のありかた、海洋環境保全、観光ダイビング事業の振興、海洋資源保護培養等のために、海の利用者に対し《美ら海協力金》500円」(添付画像がその領収書にあたります)を負担してもらう「美ら海協力金」制度が、3月以降実施されることになりました。

以下に、ここまでに到る長い経過を触れておきます。私は、この宮古島DS訴訟については、それよりも数年前から問題化して、同じく訴訟になっていた、静岡県沼津市大瀬埼沖合いのDS裁判との関わりから、ずっと関心を持って取材を続けてきました。Churaumikyouryokukinmiyakods02

大瀬埼DS裁判は、地元漁協が設置したダイビングスポットを巡り、一ダイバーが、漁協を相手取り、ダイビングをするために地元漁協に支払う「潜水利用料」(潜水券購入代金1回340円)の法的根拠と、違法に基づく徴収であるから、これまで支払ってきた料金の返還を求めて静岡地裁沼津支所に提訴した裁判(「大瀬埼DS裁判」)です。

漁業権の法律的な性格を裁判所が判断をすることになるなど、潜水利用料という、海を利用するダイバーが支払う利用料金について争われた裁判は、これまでほとんど判例のありませんでした。それだけに、この裁判の審議過程、判決から、新しい海の利用をめぐる課題が見えてくる訴訟事件として注目してきました。このテーマに関心を寄せていた法律の専門家や研究者、漁業関係者らのあいだで、勉強会を行い、その結果を、2006年に『ローカルルールの研究―ダイビングスポット裁判検証から』(海の『守り人』論パート2)として1冊の本にまとめてあります。詳細を興味がある方は、それをお読みください。また、ブログ版『MANAしんぶん』の「ローカルルールの研究」カテゴリーにも載せてあります。

簡潔に、この二つの裁判の特徴と、その判決の内容(結論のみ)だけを示しておきます。

A)大瀬埼DS裁判:1993年提訴~地裁・高裁・最高裁・高裁差し戻し審の4度の判決で、2000年漁協側勝訴で、2001年判決確定。:確定判決の骨子は「漁協が設置したDSを利用する際に漁協に支払う潜水利用料は、漁業権侵害の対価としての性格を持つとも考えられ合法であり、原告のダイビング愛好者の請求を棄却。」漁協勝訴、ダイバー敗訴。

B)宮古島DS訴訟:1997年伊良部町漁協がダイビング事業者らに対し、「漁業権」水域内でのダイビングを妨害排除請求権にもとづきダイビングスポットの全面禁止を求めたもので、地裁、高裁とも、漁協側敗訴、ダイバー側勝訴。最高裁で2002年漁協側の控訴棄却し、判決確定。しかし、以後、損害賠償に関する民事訴訟が継続。

大瀬埼DS事件では、漁協が勝ち、ダイバー側が負け、宮古島DS裁判では漁協が負け、ダイバーが勝つという、ごく単純に一勝一敗の見かけの判断をしがちですが、そうではありません。この二つの裁判は、同じように漁業者とダイバーの対立があり、「漁業権」の性格について判断を求めている、という図式から成り立っているように見えますが、実は、根本的に、もともと、それぞれ海域における海の利用ルール実態が異なっていたのです。

つまり、こうです。

A)大瀬埼DS設置海域:地元漁業者と漁協と、ダイビング業者とダイバーとの間に、地域自治体も介して、ながい話し合いの末に、それぞれ関係者の合意に基づきDS利用水域と利用料支払いの地域ルールが作られ、円滑に機能していた。→ダイバーが安心して利用できる水域になっていた。→海域の利用と管理について安定性の存在。

B)宮古島DS係争海域:地元漁協とダイビング事業者との間に双方の話し合いによって合意した地域ルールができていなかった。→漁業者のリーダーによる一方的な原則ダイバー排除の考え方と、漁業者主導による利用料の設定などの実態がある海域であった。→つまり、ダイバー(一般的な海のレジャー利用者)にとって、安心して利用できる水域ではなかった。→海域の利用と管理についての安定性の欠如。

違法性のない海の利用について考える限りにおいては、地域で合意して安定的に機能しているルールの存在の可否が、一方で「漁協側勝訴」、一方で「漁協側敗訴」の裁判官の判決が導かれたという背景が存在しているのではないかという仮説に基づく「実態」に着目しようと考えたのです。この、安定した地域の合意に基づいて形成されたルールを「ローカルルール」と呼ぼう、という提案が、前述した「ローカルルールの研究」の導き出した結論の一つででした。

そして、宮古島の10数年もの永い係争の歴史が、昨年6月の地元漁協のリーダーの交代によって、地元漁業者とダイバー事業者とのあいだでの前向きな話し合いの場作りがようやく出来上がり、昨年末、約1年間かけて、宮古地区三漁協と慣行ダイビング事業者団体とで構成される「宮古地区海面利用協議会」で基本合意ができ、今年になって、2月16日に、「宮古地域における海面の調和的利用に関する指針」(ガイドライン)が締結されたのです。

このガイドラインにもとづき、「宮古地区海面利用連絡協議会」が設立され、愛称を「美らうみ連絡協議会」とし、「宮古地区における海面利用のありかた、海洋環境保全、観光ダイビング事業の振興、海洋資源保護培養等のために、海の利用者に対し《美ら海協力金》500円」を負担してもらう「美ら海協力金」制度が、3月以降実施されることになりました。

地先の海の利用が、安定的に、そして安全に実施されるということの前提には、前述したように、地域の関係者どうしの合意に基づく自主的に創出された「ローカルルール」の存在が前提になると書きましたが、宮古島の海にも、こうして、また、一つ。、宮古島方式による「美ら海協力金」制度という「ローカルルール」が誕生し、これから、育っていくこととなったのです。

詳細な内容は、別信にてまた書くことにします。次に、西表島網取湾でおきた真珠養殖漁業権設置の問題をレポートしましょう。(続く)

By MANA:なかじまみつる

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網取湾で起きている漁業権設定の動きとは?

真珠養殖漁業権免許の申請の動きと現地の反応

第2番目の情報とは、沖縄県西表島の網取湾で起きていることです。これまで共同漁業権以外の漁業権が設定されてこなかった海域(網取湾)に真珠養殖漁業権を新たに設定したいと考えた、真珠会社(R)と、地元関係漁協(A)、そして、地元漁業者(B:複数)、ダイビングなど観光事業者(C:複数)などの対応についてです。漁業権の更新年(20年9月)にあたり、いまだ話し合いが継続中という余地も残されている事例でもあるので、ことの内容の概略がつかめる程度のレポートにとどめ、問題の本質にだけは迫っておくことにします。

まず結論(途中経過ですが)のみを、書いておきましょう。R社は、前回の漁業権更新(昭和15年9月)時においても、同じ網取湾海域において、真珠養殖漁業権(区画漁業権)の免許を申請したが、

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平成15年2月14日に八重山地域で公聴会を開催しておりますが、そのときに公聴会で意見を述べられた方たち、Yダイビング協会ですとかT大学の沖縄地域研究センター、環境省の自然環境局の沖縄奄美地区自然保護事務所、それからY漁協組合員等の方から漁場計画について、網取に真珠と真珠母貝の漁場を、養殖の漁業権を免許するという案についてそれぞれ反対の意見が出されております。これらの意見を踏まえて、海区漁業調整委員会は公聴会の状況を持って帰って海区漁業調整委員会を開いて、海区漁業調整委員会としての最終的な答申の意見を決定し、県にその旨を答申したということで、それを受けて県が漁場計画案から外したということでございます。(平成16年3月10日沖縄県議会予算特別委員会議事録より、県水産課長答弁。:ネット公開サイトより関係部分を抽出。固有名詞はいちおうアルファベットの略称としました。)

上記理由により、その申請は通ることがなかったという経緯があります。そして、今回の更新時も、R社は、同じ海域の区画で、真珠養殖漁業権免許の申請を行おうとしたわけです。ただ、前回の申請却下の経過をふまえて、「Aの合意をとりつけて臨んだため、免許申請は、通るのではないか」(私に第一報の情報を提供してくれた方の懸念の言。)ということから、いく人かの情報通の方に連絡して確認してみると、おおよそ、次のようなことがわかってきました。

まず、3月某日開かれた、この件に関する公聴会においては、やはり、地域の反対意見が占め、けっして、地先の共同漁業権を管轄する地元漁協が、無条件で賛意を表していることではありませんでした。

地元漁協では、確かに、R社よりの真珠養殖漁業権申請について、地域振興のために貢献したいという提案には好意的に受け止めたようですが、網取湾及びその周辺地域で漁実績のある関係地区漁業者の同意を前提とする、という条件をつけての意見であった、というのが事実のようです。

しかし、R社は、公聴会が開かれる前までには、関係地区の漁業者個々人との意見交換と合意の手続きを行っていなかったことが判明します。観光利用の関係事業者は、反対の以降を強くもっていて、「地域漁協が賛成している」というのは、実態として事実ではなかったということになります。新たに免許を受けたいと云う参入者にとって、自分にとって都合よく話を聞いてくれて賛意を示してくれる人の合意を取り付けて、「地域も賛成してくれている」というのは、地域全体の合意手続きを踏んでいることには、ほとんどなっていないということのよい例だったのです。

「漁業調整委員会で審議にかかる以前に申請は取り下げざるを得ないでしょう」という沖縄の漁業権事情に詳しい知人の個人的意見のとおりに事態は進んでいったというのが、現在までの経緯です。

この網取湾地域は、西表島と石垣島に挟まるように「石西礁湖自然再生」構想(環境省管轄事項)に基づき、わが国最大規模の珊瑚礁を保護し、再生計画が進められている地区に隣接しています。網取湾の南隣側には、わが国で唯一「海域自然環境保全地域」に指定されている崎山湾(128ヘクタール)があり、網取湾も崎山湾に劣らず、貴重な自然域であることは、同構想を広報している「石西礁湖自然再生協議会」(地区漁協・漁業者・漁業関係者・観光事業関係者・地区宿泊施設関係者・自治体などで構成)ホームページを参考にしてください。

規模の大小に関わらず、新たに海域の利用や開発をしようとするときの「地域」の合意手続きを踏むという作業は、関係漁協の合意をとることだけで、ことたれり、とすることは、大いなる誤解であることを知るべきでしょう。この網取湾を含む海域は共同漁業権第24号という石垣島と西表島全域を含む一つの水域で設定されています。この水域は石垣市にある八重山漁協一つに免許されていますが、地域ごとにそれぞれ利害関係を代表するいくつもの輻輳した漁業者のグループ(ないし個人)が存在しますから、地域の合意をとるということは、関係水域の利用や開発の行為で損害(影響)を直接こうむる関係漁業者の合意が最優先でなければなりません。

近年、漁協の合併により、県内一単協となったり、広域の水域を一つの漁協が管轄し、免許を受けることが多くなってきていますから、沖縄県の事情だけではなく、本土各地区においても、合併以前の昔から地先の水面を利用管理してきた関係地区(旧漁協・支所など。漁業法における「部会」。)ごとに合意をする原則を再確認したり、広く知ってもらうことが必要になるのだと思います。

By MANA:なかじまみつる

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網取湾で起きている漁業権設定の動きとは?

真珠養殖漁業権免許の申請の動きと現地の反応

第2番目の情報とは、沖縄県西表島の網取湾で起きていることです。これまで共同漁業権以外の漁業権が設定されてこなかった海域(網取湾)に真珠養殖漁業権を新たに設定したいと考えた、真珠会社(R)と、地元関係漁協(A)、そして、地元漁業者(B:複数)、ダイビングなど観光事業者(C:複数)などの対応についてです。漁業権の更新年(20年9月)にあたり、いまだ話し合いが継続中という余地も残されている事例でもあるので、ことの内容の概略がつかめる程度のレポートにとどめ、問題の本質にだけは迫っておくことにします。

まず結論(途中経過ですが)のみを、書いておきましょう。R社は、前回の漁業権更新(昭和15年9月)時においても、同じ網取湾海域において、真珠養殖漁業権(区画漁業権)の免許を申請したが、

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平成15年2月14日に八重山地域で公聴会を開催しておりますが、そのときに公聴会で意見を述べられた方たち、Yダイビング協会ですとかT大学の沖縄地域研究センター、環境省の自然環境局の沖縄奄美地区自然保護事務所、それからY漁協組合員等の方から漁場計画について、網取に真珠と真珠母貝の漁場を、養殖の漁業権を免許するという案についてそれぞれ反対の意見が出されております。これらの意見を踏まえて、海区漁業調整委員会は公聴会の状況を持って帰って海区漁業調整委員会を開いて、海区漁業調整委員会としての最終的な答申の意見を決定し、県にその旨を答申したということで、それを受けて県が漁場計画案から外したということでございます。(平成16年3月10日沖縄県議会予算特別委員会議事録より、県水産課長答弁。:ネット公開サイトより関係部分を抽出。固有名詞はいちおうアルファベットの略称としました。)

上記理由により、その申請は通ることがなかったという経緯があります。そして、今回の更新時も、R社は、同じ海域の区画で、真珠養殖漁業権免許の申請を行おうとしたわけです。ただ、前回の申請却下の経過をふまえて、「Aの合意をとりつけて臨んだため、免許申請は、通るのではないか」(私に第一報の情報を提供してくれた方の懸念の言。)ということから、いく人かの情報通の方に連絡して確認してみると、おおよそ、次のようなことがわかってきました。

まず、3月某日開かれた、この件に関する公聴会においては、やはり、地域の反対意見が占め、けっして、地先の共同漁業権を管轄する地元漁協が、無条件で賛意を表していることではありませんでした。

地元漁協では、確かに、R社よりの真珠養殖漁業権申請について、地域振興のために貢献したいという提案には好意的に受け止めたようですが、網取湾及びその周辺地域で漁実績のある関係地区漁業者の同意を前提とする、という条件をつけての意見であった、というのが事実のようです。

しかし、R社は、公聴会が開かれる前までには、関係地区の漁業者個々人との意見交換と合意の手続きを行っていなかったことが判明します。観光利用の関係事業者は、反対の以降を強くもっていて、「地域漁協が賛成している」というのは、実態として事実ではなかったということになります。新たに免許を受けたいと云う参入者にとって、自分にとって都合よく話を聞いてくれて賛意を示してくれる人の合意を取り付けて、「地域も賛成してくれている」というのは、地域全体の合意手続きを踏んでいることには、ほとんどなっていないということのよい例だったのです。

「漁業調整委員会で審議にかかる以前に申請は取り下げざるを得ないでしょう」という沖縄の漁業権事情に詳しい知人の個人的意見のとおりに事態は進んでいったというのが、現在までの経緯です。

この網取湾地域は、西表島と石垣島に挟まるように「石西礁湖自然再生」構想(環境省管轄事項)に基づき、わが国最大規模の珊瑚礁を保護し、再生計画が進められている地区に隣接しています。網取湾の南隣側には、わが国で唯一「海域自然環境保全地域」に指定されている崎山湾(128ヘクタール)があり、網取湾も崎山湾に劣らず、貴重な自然域であることは、同構想を広報している「石西礁湖自然再生協議会」(地区漁協・漁業者・漁業関係者・観光事業関係者・地区宿泊施設関係者・自治体などで構成)ホームページを参考にしてください。

規模の大小に関わらず、新たに海域の利用や開発をしようとするときの「地域」の合意手続きを踏むという作業は、関係漁協の合意をとることだけで、ことたれり、とすることは、大いなる誤解であることを知るべきでしょう。この網取湾を含む海域は共同漁業権第24号という石垣島と西表島全域を含む一つの水域で設定されています。この水域は石垣市にある八重山漁協一つに免許されていますが、地域ごとにそれぞれ利害関係を代表するいくつもの輻輳した漁業者のグループ(ないし個人)が存在しますから、地域の合意をとるということは、関係水域の利用や開発の行為で損害(影響)を直接こうむる関係漁業者の合意が最優先でなければなりません。

近年、漁協の合併により、県内一単協となったり、広域の水域を一つの漁協が管轄し、免許を受けることが多くなってきていますから、沖縄県の事情だけではなく、本土各地区においても、合併以前の昔から地先の水面を利用管理してきた関係地区(旧漁協・支所など。漁業法における「部会」。)ごとに合意をする原則を再確認したり、広く知ってもらうことが必要になるのだと思います。

By MANA:なかじまみつる

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