2009年5月 2日 (土)

竹峰誠一郎・中原聖乃著『マーシャル諸島ハンドブック』

単なる観光案内の本には終わらない南海の「小さな島々」の自立を応援する内容がたくさん詰まっています。

 竹峰先生と知り合ってしばらくして1冊の本が贈られてきました。Takeminemarshalislandbook_2ハンドブックとタイトルにあるように、観光で、島々を訪れる人々向けの知識・情報が詰目込んだ編集がされている。日本とのつながりや、「フレンドリーな人々、イルカやトビウオ、パンノキ・タコノキ――お金では買えない世界が、温かく迎えてくれる」という。南の国の海の島が大好きな日本人には、ああ、こんな島で暮らせたらなあと、夢気分を味あわせてくれるのであろう。

 しかし、サブタイトルの「小さな島国の文化・歴史・政治」と書かれてある。1954年3月アメリカ合衆国は、この島々の環礁地帯で水爆実験が行なわれた。日本では、ビキニ環礁水爆実験として知られ、マグロ漁船第五福竜丸が、水域を操業中被爆、乗組員の被害はもちろん、放射能に汚染されたマグロへの風評被害を含め大きな問題となり、当時小学生であったMANAの世代にとっても、その後続く影響によっても、戦後の強烈な記憶として残っている。

本書の第4章は「アメリカの安全保障の影」として、著者の一人竹中誠一郎の調査研究成果を存分に発揮して、日本人としてほとんど記憶から忘れかけようとしている水爆実験とマーシャル諸島にくらす人々の被害やお粗末な補償の実態や、大国の論理に押しつぶされてきた歴史の実像を、わかりやすい、わかものの感性で淡々と記していく。

海と人とのかかわりを、「里海」論として再構成していく試みをしている、MANAの心に、ぐさりと現代にまさに移行する途中に起きた事実としてぐさりと突きささる。

アリの目になった竹峰さんの視点

竹峰さんの「あとがき」を引用しておこう。

「アリの目」で世界を見つめる:「世界には63億人の人がいますがもしもそれを100人の村に縮めるとどうなるでしょう」――。絵本『世界がもし100人の村だったら』(マガジンハウス)は、「いままでと違う世界の現実が見える」などの反響を呼びベストセラーになった。類書も次々出版され、……中略……「世界の多様性と格差が体感できる」と好評を博している。

「100人の村」を全否定するつもりはない。しかし、世界を100人の村に縮めると、マーシャル諸島のような小さな国がかかえている現実は、ますます切り捨てられ見えなくなってしまうことを、私は声を大にして言いたい。世界の多様性や現実を理解するには、ものごとを上から大きくとらえる鳥瞰的な見方だけではなく、もう一つ「虫の目」をもった、いわばアリが地をはうように、下から丹念に、小さなものから世界を見つめる視座が必要なのだ。本書は「アリの目」で世界を見つめた本である。

小さな島マーシャル諸島は一見、世界の大勢に影響を与えない、隔絶された辺境な地に見える。しかし、その小さな島には実は世界大の大きな問題が横たわっている……中略……。辺境とされた地に着目することは、「国史を、地域史を、ひいては世界史を違った視座から再訪するたびの出発点」(テッサモーリス『辺境から眺める―アイヌが経験する近代』みすず書房)となる。

……中略……そもそもマーシャル諸島をはじめとする太平洋のミクロネシア地域は、日本のお隣さまでもある。昨今「東アジア共同体」や北東アジアをめぐる議論が盛んになりつつある。近隣地域のアジアに目を向けようとする動きは心から歓迎したい。しかし同時に近隣地域の眼差しが、北東アジアや東南アジアにほぼ限定されることに違和感を覚える。日本から見て西半分だけが近隣地域なのだろうか。日本から東に目を向けると、そこに太平洋の海世界が広がっている。そこはかつて日本が南洋群島と呼び支配していた地域である。本書がもう一つの近隣地域、ミクロネシアの島々に想像力の射程をのばす一里塚になればうれしい限りである。

日本という沿岸域の「海世界」に「地域」に焦点を当てる眼差しによって、一般的に発展から取り残されたと見られている「漁村」地域は、はたして現代においてどのような役割を演じることができるのか、期待を込めて再評価の作業にとりかかろうと思う。

2007年11月、凱風社(03-3815-7633:HP:http://www.gaifu.co.jp)刊。A5判232p。定価2200円+税。

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2009年4月19日 (日)

「平和」学から「里海」学へのアプローチ

竹峰さんとの出会い。そして何人もの人々との出会いが続きました

 あっという間に5ヶ月がすぎてしまいました。MANAは、乗り越えなければいけないいろいろの雑事にあけくれる毎日でしたが、桜が散り、草木芽吹き、葉緑まぶしい時を迎え、なんとか、かんとか、ようやく、心に余裕と明るさを見つけることができるようになりました。

うれしいメールが届く

 人の出会いとはなんてすばらしいことなのでしょう。歳とともに鈍りがちな感性に刺激を与え、自信すら呼び戻してくれるのですから、いまさらながらおどろきを隠せません。そして自分を支えてくれてきた人々とのつながりの大切さに、いまさらながら気づかされるようになっているのです。

 2月にはいってからのことでしたが、一本のメールが入りました。[季刊里海]創刊号と『「里海」って何だろう?』(水産振興会)を読んでくれて、ぜひ直接会って話を聞きたい、というのです。三重大学に赴任したばかりという竹峰誠一郎さんというかたからでした。

海と人との絆(きずな)をどうとらえるか

 三重大学生物資源学研究科を中心に活動している「伊勢湾再生研究プロジェクト(社会系グループ)」に所属することとなり、これから、どういう視点で研究調査を進めていくかの方向を決めようと勉強中とのことでした。

 竹峰さんとその後電話で話してみると「海と人とのつながりについては自分なりに考えてきましたが、沿岸域と漁業や水産資源とのかかわりを〝里海〟というキーワードでとらえていく考え方に、どうも自分の中でしっくりこない点があって、伊勢湾〝再生〟という大きなテーマにどう取り組んでいくかの考え方を整理しているところなのです。」という。

 この次に、うれしい言葉を発してくれたのでした。

自然科学と社会科学のスタンスのズレはあるのか

「そんなおり、[季刊里海]と『「里海」って何だろう?』で示された里海をどうとらえていくかの論旨とそれに基づく事例を読み、自分がそれまで聞いてきた〝里海〟をとらえる自然科学的というか生態学的というか、水産学的というか、そういうかたがたの視点とはどこか異なって、人や社会と自然とのかかわりに幹をおいた考え方に、自分の研究スタンスと共通する視点を見つけました。」 というのです。

 どこかが違うのか、あるいは同じだけれど目指すところの方向性が違うのか、どのようなところが現在課題であり、テーマとして進化させていかなければいかないのかを探るために、「ぜひ直接お会いして、自分の疑問をあなたにぶつけてみたい。意見交換しましょう」というのです。

 いやあ、泣けるセリフですね。こういう人物にも、里海という言葉を使うことによってめぐり合えるのですから、ホント〝まってました〟という感じでした。

自然を破壊してきたことの反省をこめて

 MANAが、「里海」という言葉を使うようになったのは、新しい概念の提案というようなかっこのよいものではなかったのです。

 そうとうの昔から、歴史の用語で言うなら「近代」という時代を人が走り始めてから、富んだ国づくりにまい進するようになりました。日本人の暮らしと近接していた自然との関係は、同居(イソウロウなのかなあ)の関係から、だんだんと遠い距離をおくようになり、別居ずまいがあたりまえになってしまったのですね。ムラはマチの対立概念ではなくなってしまう時代がおとずれると、人と自然との関係は、いつのまにか逆転して、人の暮らしに都合のよい〝自然〟や〝ムラ〟〝ムラ〟であってほしいと思うようになるのですね。

 それがさらに、欧米の対立概念と同じような歴史性を秘めた隔離や例外的特別域につながる(というか、日本流で言えば放り出してしまった)ようなシゼンの領域やムラの出現に、それが生み出された原因もきちんと整理しないままに、「再生」や「創生」を語り始めていることに、ほんと危うさを感じているのは、MANAだけではないはずなのに、そういう論議を遠ざけている風潮がうまれているような感じがしてしようがないのです。

 西欧社会とアジア社会との比較の中で、人と自然との関係は、対立的概念と協調的同化概念というとらえ方をする整理もあるけれども、自然と溶け合って暮らしてきたとされた日本の人々が自然に対して為してきた行いは、どうであったのかと振り返ってみたとき、対立と協調のどちらの関係がよりよいのかというような評価や判定ができるような水準をはるかに越えた段階にまで日本という国はきちゃったんだなあというの実感です。

〝リセット〟すればいいのだろうか

 でも、そんな面倒なこというよりも、〝リセット〟すればいいじゃないかというのが、もっぱら最近の主流をなす声なのだろうけれど、それは、〝ちょっと違うだろう〟とむっとして、一面、あきらめ観をもちつつ独り言を言っていたのでは、どうもいけないのじゃないだろうか、と思うようにもなったのです。

 海については、海面埋立てによる沿岸開発の時代がずっと続いてきました。この評価と結果責任についてのきちんとした反省を伴ったケジメがあいまいにされながら、〝リセット〟論がまかり通っているような気がしています。破壊をしてきたり、理想的な計画を立てたけれど、その実ほとんど効果をあげ得ないまま、自然消滅してしまった〝豊かさ〟を標榜した公共事業の数々が行なわれてきました。こうした計画に直接間接にかかわってきた、私をも含めた実行者やその支援者個々、そうした〝張本人〟が、今、為すべきこととは、何かを考える必要があるのじゃないだろうか。

里海はかっこいい「ことば」なんかじゃない

〝里海〟を僕が言うときには、こんなことを考えながらですから、けしてかっこのいいものじゃないんです。

 「漁村」や「漁業」という地域的、産業的な概念の言葉が、沿岸地域とその地先の海を語るときに、これまでずっと使われてきました。しかし、10年ぐらいほど前から、沿岸域の人と自然域の利用について考えようとするときに、このような既存の言葉では、現状やこれからのことを言い表せなくなってきたのです。

 歴史の研究の世界では、網野善彦は、海沿いに住む人々の暮らしは「漁」だけではなく、海運や交易といった幅広いナリワイによって成立してきたのだから、「漁民」という表現より「海民」という言葉のほうがふさわしく、漁村という、「ムラ」の概念だけでとらえるのでなく、商業交易によって成立する「マチ」としての性格に注目しようと主張しました。

 いっけん「漁村」というと、孤立したムラであったり、閉鎖性の強いイメージが一般的であったのですが、実は、海でつながった〝開放〟的な性格をもってきたのです。 このような歴史的な変遷と反省を加えた位置づけによっても、そろそろ、沿岸域の地域概念や類型を改めてみるべき時期に来ていたのです。

竹峰さんの視界に写った「里海」観あるいは「海の再生」観への整理

 ちょうど、関いずみさん(海とくらし研究所主宰・東海大学准教授)からさそわれて、2月13日に「漁村研究会」で、「里海」について話をしてほしいと依頼されていたので、竹峰さんにそのことを伝えると、出席するとのことで、報告の前に2時間ほど意見交換をすることになりました。

 このときの話を、竹峰さんは、実に丁寧に整理をしてくれました。

竹峰誠一郎「里海とは何か」PDF

http://isewan.nikita.jp/09.03.08satoumi-takemine.pdf

「平和学」者の視点から、海と人と地域をどうとらえるのか

 実は、竹峰さんとメールを交換しながら、竹峰さんの専門が、国際関係学の一ジャンルである「平和学」であることを知りました。

 竹峰さんは、和光大学から早稲田大学大学院にすすみ、研究テーマを「米国の核実験場であったマーシャル諸島におけるヒバクシャ調査を(社会科学の観点から)進めてきた。本研究の最たる特徴は、ヒバクシャの視点により立脚して、核問題を見ていこう」(高木仁三郎市民科学基金第1回助成の調査研究報告より)というもの。高木基金助成による「マーシャル諸島アイルック環礁のヒバクシャ調査」を進め、修士論文は『マーシャル諸島アイルック環礁のヒバクシャによる核実験認識:ローカルから見たグローバルイシュー』。

 竹峰さんの平和学には、このようなスタンスから、地域と人と国家とのかかわりの中から「海」が語られることになりました。こうして、かれは、「伊勢湾再生研究プロジェクト(社会系グループ)」において、

竹峰誠一郎「サブシステンス志向の脱開発論の紹介」:

http://isewan.nikita.jp/09.03%20subsistence-takemine.pdf

という、研究調査のアプローチを語ることになります。沿岸域の開発と利用を考えるにあたって、これからどうしても議論しておかなければならない重要なテーマです。

「里海」を考える視点に、こうして「平和学」の視点が加わることは、MANAにとっても大きな刺激となったのでした。(MANA:なかじまみつる)

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2009年1月30日 (金)

女性からみる日本の漁業と漁村

中道仁美編著『女性からみる日本の漁業と漁村』農林統計出版刊

Joseikaramirugyoson200611 女性の視点から漁業や漁村を語っている本は、そういえばこれまでほとんどなかったのではないか。本のタイトルのテーマだけからいっても、著者らの意欲的な、オリジナリティーあふれる活動が読み取れる。

『女性からみる日本の漁業と漁村』中道仁美編著・農林統計出版。2008年11月発行。A5判並製196ページ。

本の構成と担当執筆者:第1章「漁業の現状と女性の地位」(中道仁美)/第2章「漁業従事者における女性労働の位置」(三木奈都子)/第3章「陸上作業の再評価と女性の漁協正組合員化」(副島久実)/第4章「漁業地域における女性リーダーの育成」(藤井和佐)/第5章「環境と漁村女性」(関いずみ)/第6章「女性起業の直売活動と社会的展開」(中道仁美)/第7章「女たちと海」(木村都)/第8章「漁業における女性の研究史」(三木奈都子)

日本の漁村に生きる女性たちを民俗学の視点で著作した瀬川清子や、「婦人労働」研究の岩崎繁野が、この分野では先駆としてしられるが、1980年代以降の漁業情勢の変化を背景とした女性たちの活動や労働環境、漁村や漁業における役割の大切さにスポットを当てた専任研究者の報告は、非常に少なかった。

婦人部活動として魚食普及活動やセッケン普及活動、近年多くなった植樹活動といった行動の紹介はほとんどで、漁村という地域社会における位置づけや、漁業という産業の担い手としての女性の役割を正面からとらえようという視点が、残念ながら欠けていたということであろう。(書きかけです)MANA

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2009年1月 6日 (火)

「里海」の氾濫

新年明けましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いします。

旧年末に掲載した「文芸春秋」の涌井氏記事について、コメントをいただきまして、旧年12月24日の「毎日新聞」社説で「「里海」創生―海を身近にするチャンスに」が報じられたことを教えていただきました。

毎日新聞:2008年12月24日「社説」「里海」創生 海を身近にするチャンスに」

記事は、環境省の「里海創生事業」を解説しているもので、〝大新聞〟の社説の見出しに使われる認知度にまで高まったという事だろう。

これを機に、ひさしぶりに、ネットのGoogle検索サイトに「里海」を入力してみると、確か昨年の中ごろに同じことばの検索をしたときにくらべて、上位ランク(50番ぐらいまで)の記述内容内が、常連組みのほかに、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』に登場していたり、一般のブログで「海」とほとんど同義で使っていたり、SATOMIちゃんのニックネームだったり、バリエーションがでていることに、正直驚いた。

あんまり「定義」にこだわる必要などもちろんないし、「里海」のことばがどんどん広まり、認知度が高まれば高まるほど、昔ながらの「海」や「漁村」を、なぜ「里海」と表現したほうがよいのかの「核心」からは、どんどんと離れていくことは、ある意味致し方ないことなのだろう。

ただし、漁業(農山村のナリワイも含めて)という自然産業の行く末、沿岸域管理と利用をどこに位置づけていくのかの、きちんとした議論を深めていくことが、そのベースにないと、行き着く先は、日本の海という環境の「箱庭」理論ばかりが横行するということにもなりかねない。おそらく、その方向にすでに針は動いているのかもしれない。

箱庭的里海論と実態的里海論との振り子の中心軸を論者となるオピニオンリーダーたちは常に頭に思い描いておくことがたいせつなのだとおもう。箱庭的里海論が実態的里海論を時代に逆行するといって〝批判〟を加える時代が、おそらくくるのであろう。

このネット時代、ことばの氾濫とひきかえに、つねにそういう犠牲を伴いながら、さらされながら、実を踏み外さないようなタフさが必要ということか……

MANA:なかじまみつる

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2008年12月27日 (土)

「文芸春秋」にも「里海」の記事載る

涌井史郎氏の「里川と里海の思想」

「里海」のことばが、芥川賞掲載号というので購入した月刊「文芸春秋」誌(2008年9月号)に載っていた。「人と自然をつなぐために」という、「造園家」にしてテレビなどで頻繁に発言をしている涌井史郎氏の連載記事(野村不動産の広告ページですが)の第3回が「里川と里海の思想」。

「里に暮らす人々にとってコモンズとしての川」として、「里山」を論じ、「川はまさにコモンズ(共有の地)であった」と「里川」を論じている。

続けて「海にも、人がかかわることによって、自然の恵みを最大化する知恵があった。その事例が〈サンゴ礁〉や〈干潟〉、「藻場」である。人々はこうした直接人の役に立たず、むしろ漁の邪魔にさえなる存在を逆に保護した。そこが豊饒の海を保障する大切な生物多様性の宝庫であることを経験的に知っていたからである。」沖縄の「イノー」を例にあげ、「これこそは夕餉をにぎわす」漁場となり、「漁民はこうした海の恵みを得るために、渚に近い海の手入れを怠らず、漁についても時期や大きさ、そして雌雄までも自己規制をすることを作法としてきた。ここにも人が関わってこそ得られる自然の恵みの姿がある。だから〈里海〉と呼んで差し支えない。」

今年が、国の施策に「里海」が、各省庁の持ち分の範囲とはいえ、沿岸域にかかる環境、漁業、水対策の一つのキーワードとして位置づけられた初年の年となり、涌井氏が言う「人と自然をつなぐ」視点を論じるばあいには、「里山」に加えて「里川」と「里海」が、「水」を介してひとつながりにとらえるという論調が主流を占めてくることになるのであろう。

それだけに、「里山」「里川」「里海」を連環して(この「連環」のことばもすでにそうとうにゆきわたった)とらえるときに、山にあって川と海にはないもの、海にあって山や川にはないもの、川にあって山と海にはないもの、というような、同質と異質のファクターをかぎ分ける臭覚をあわせもたないと、「思想」といえるようなものには到達できないのではないかというきもする。

来年は、「里海」から「里山」「里川」に向けての、より具体的な発言が増えていくことが必要になってくるのであろう。

(MANA:なかじまみつる)

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2008年4月 2日 (水)

『海洋観光立国のすすめ』増補版

中瀬さんますます好調、前著作の増補版を出版

Nakasekankourikkokuzouho 昨年7月に出版された『海洋観光立国のすすめ―こころ美しい日本の再生』中瀬勝義・明戸真弓美・庄司邦昭共著(七ツ森書館)の改定増補版は、4月1日付けで送られてきた。中瀬さんは、「増補版によせて」に、次のように書いています。

「初版を出版して半年がたちました。この間、エコツーリズム推進法が国会を通過するとともに、政府は新たに国土交通省に観光庁設置を閣議決定しました。いよいよ国を挙げて“観光立国”が本格化することになり、事態は急展開しています。東京都も観光行政を拡充するとともに、首都大学東京の大学院に都市環境科学研究科観光科学専修コースが設置され、スタートすることになりました。/そこで、増補版を出版することにしました。新情報を追加するとともに、海洋観光立国の先進事例を増強するために、「第三章 海外にみる海洋観光と年の賑わい」を充実しました。…以下略」

中瀬さんご自身も、首都大学東京の新設コースに入学し、観光立国論を修士論文としてまとめるのだと、張り切っているようです。このままでは、ドクター論文まで書いてしまいそうな勢いです。

      ◎七ツ森書館:電話03-3818-9311:定価1000円+税。

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2008年2月 8日 (金)

「江戸前ハマグリ」復活を(東京新聞記事)

「江戸前ハマグリ」復活を《東京新聞2008年2月8日1面記事》

木更津沖、今年は120トン放流―千葉県漁連が挑戦Tokyo080208edomaehamagurifukkatsu_2

前文「高度成長期に死減した東京湾のハマグリを40 年ぶりによみがえらせようと、千葉県漁協連合会が「ハマグリ復活プロジェクト」を進めている。数年来の稚貝放流が実を結びつつあることから8 日、同県木更津市沖でハマグリの採取作業を公開した。ハマグリなどの二枚貝には海水をろ過する水質浄化作用があり、東京湾の水質改善にもつながる。地元漁業者は「江戸前ハマグリの隆盛を再び」と意気込む。(木更津通信部・記者名略)」

「tokyo080208edomaehamaguri-fukkatsu.pdf」をダウンロード

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2007年9月 3日 (月)

『海洋観光立国のすすめ』が発行されました

中瀬勝義・明戸眞弓美・庄治邦昭共著

『海洋観光立国のすすめ』(七ツ森書館)が発刊されました

Syohyou070815nakasekaiyoususume 中瀬勝義さん。エコライフコンサルタントの中瀬さんは、いつも、自転車で日本中を駆け回っているエコサイクルライダーです。そんな自転車好きの中瀬さんの、僕にとっも関心の深い、もうひとつの顔が、東京湾内の海辺づくりについての情報を取材して、「お江戸舟遊び瓦版」(もう通巻41号になりました)のニュースレターや、お知らせを発信し続けている行動派の市民ボランティアーとしての姿です。

その中瀬さんが、日ごろから主張をされているのが、「日本の海をもっと生かそうと」いう「海洋観光立国」構想です。その構想をわかりやすく、ブックレットスタイルで手ごろな価格で、とても読みやすい内容の『海洋観光立国のすすめ』を七ツ森書館から出版(定価900円+税)されましたのでお知らせします。

もう1ヶ月以上も前に、お贈りいただいていたのだが、夏の暑さと忙しさに発行の紹介を遅らせてしまった。

サブタイトルに「持続可能な社会つくり」「こころ美しい日本の再生」とあります。第1章:いま、なぜ海洋観光立国か(中瀬勝義)、第2章:海とスロー・ツーリズム・ジャパン(明戸眞弓美)、第3章:海外にみる海洋観光と都市の賑わい(庄司邦昭)の構成です。

中瀬さんは「はじめに」のなかで「この日本の周囲にひろがる海を新しい観光資源として展開することで、日本は海洋観光立国に転ずることができるのです。東や南に広がる太平洋で、かつてのバスコ・ダ・ガマの大航海時代を体験する観光ツアーやコロンブスのアメリカ大陸発見のイメージ体験冒険旅行やタイタニック号の北大西洋航海旅行を体験したり、マリンスポーツを楽しんだり、一日中海浜のホテルでゆったりと過ごしたりすることを、世界中の人びとに提供することが可能になるのです云々」と書いています。と同時に、江戸時代のような、世界でもまれな循環型ライフスタイルの達成された国であるのだから、「近年の大量生産・大量消費・大量廃棄に乗ったライフスタイルから脱却」し、「今後数十年、数百年かけて江戸時代を参考にエコライフ国家を作り上げ」ようと、提案されています。

今年になってから施行された「観光立国推進基本法」や、先の通常国会で議員提案で成立した「海洋基本法」が7月末の海の日に施行されましたが、そのような動きの中で、本書の刊行はグッドタイミングにちがいありません。海とは何か、海を利用するとは何か、エコライフとは何かを考えるきっかけにしてもらえればとおもいます。

ここまでは、中瀬さんたちのご努力に敬意を表して、本書の推薦をしました。でも、MANA自身としては、海と付き合うときの考えや、海を利用するというときの考えは、ちょっと異なった視点を持っています。以下(続き)に書きましたから、こちらもよんでね。

MANA:なかじまみつる

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2007年9月 1日 (土)

「里海の四季」が今日再放送されます

NHK「里海の四季」再放送!!

今日、9月1日午後3時5分からNHK総合テレビで、1時間番組の『里海の四季』が再放送されます。(ただし、三重県・愛知県・岐阜県は、9月8日(土曜)の午後5時から再放送です)

6月17日にNHKで放送された、三重県答志島に暮らす人々を、1年間にわたって漁や祭りやふとした日常の暮らしぶりを影像でロング取材した番組で、とても面白かった。「里海」という言葉や海の漁のこともあって、宮原さんというとても若いディレクターのかたと、放送前後に情報交換したこともあって、とても視聴者の反応がよく、再放送の希望が強かったとうかがいました。

◎「里海の四季」のお知らせの記事のリンク

寝屋子(ねやこ)制度という、本当の親とは別に、少年から青年の一定期間、寝屋親(ねやおや)という別の親の家で、寝屋子と寝屋親が一定時間一緒に暮らす仕組みが、この地にはいまでもしっかりと根付いています。この寝屋子という仕組みが、現代の家族のきずなを考え直すのに、とてもよい材料を与えてくれたり、いまでも海や太陽のような自然に対しての感謝の「祈り」を、若い人々も抱き続けている影像が、さらりと映し出されています。

MANAも、6月17日、前評判の良かったこの番組に期待してみた一人ですが、最近のドキュメンタリーの影像の中で、優れたものであったと正直おもいました。一言でいえば、とても鮮度を感じる番組でした。

再放送のお知らせが急になってすみません。いろいろと忙しくブログの更新がままならなかったこともありましたが、取り急ぎ、お知らせをかねて書いておきます。

MANA:なかじまみつる

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2007年2月20日 (火)

コモンズとマイナー・サブシステンス(菅豊さんに聞く)

「共的世界」とはどういう世界?

 インタビュー冒頭の部分を、未定稿原稿としてすこしだけブログに載せてみましょう。これから、完成原稿を元に、菅さんにもたくさんの加除訂正をしていただき編集上の構成をして6~7ページ程度の掲載本文に仕上げます。どんなタッチになるのか、さわりの部分を、興味のある方はご覧ください。

070201sugasanblog01_1里海インタビュー:東京大学東洋文化研究所助教授 菅豊さん(C)

「川はだれのものか―人と環境の民俗学」(2006年。吉川弘文館)

自著を語る……コモンズ論から現代を読み解く【未定稿】

――コモンズ論を考えようとするときの、現時点における、知の総合というか、そういうようなものが備わっているのがとても興味深い本です。まず、菅さんが、この本の中で、川といろいろな部分で深くかかわり、依存してきた川と流域住民の人々の世界を「共的世界」ということばで言い表していますが、まずこの言葉のもつ世界がどんな世界なのかから、お話しください。

【菅】 この本の一番重要なキーワードとして、まず「コモンズ」という言葉を使っています。「コモンズ」という言葉が、現在すこしずつ広まってきています。社会的認知も得られつつある言葉だとおもいます。まず、この言葉について整理をすることからはじめましょうか。

 日本にもさまざまな輸入語外来語があります。そのなかで、コモンズは、外来語概念なのですが、この言葉(コモンズ)は、いまだ翻訳されていない言葉なんですね。  これって、けっこうめずらしいことではないでしょうか。日本人は外来語をたくさん使いますけれども、その言葉のコンセプトを翻訳していくことが普通です。たとえば、コモンズ:commonsとかかわる言葉でいいますと、ソーシャル・キャピタル:social capital という用語が最近よく使われますが、これは「社会関係資本」(「ウィキペディア」同語参照)と翻訳されます。

 翻訳されたときに、はじめて、日本では、落ち着いた状態になってあてはまっていくことになります。では、なぜ、「コモンズ:commons」という言葉は翻訳できないのか、あるいは、落ち着いた翻訳で定着しないのでしょうか(「ウィキペディア」同語参照)。

 先日、京都で行われたコモンズ研究会(特定領域研究「持続可能な発展の重層的環境ガバナンス」ローカル・コモンズ班公開セミナー)で、同志社大学の室田武先生が本場イングランドのコモンズに関する現地調査の中間報告をなされました(室田武〈同志社大学経済学部〉「カンブリア地方のコモンズに関する実態調査報告―コモンズの祖国・イングランドとウェールズにおける2006年法制定に寄せて―」)。

 そこでは、在地の慣習としてのコモンズを取り扱われましたが、そのような、イギリスの在地の制度であり、資源であった実体としての地方慣習が、現在では世界的に広い意味で使われているのです。  この広い意味として(つまり広義)のコモンズという言葉を考えたときに、私が、今それに与えている訳語が「共的世界」という言葉なのです。ほんとうは、「共的なもの」とか、「共的な制度」や「共的な資源」といったほうが正しいとおもうんですけれど、もうすこし、大きくくるめて、制度や資源を含めるものとして「共的世界」という表現をしています。

 共的世界は、私のコモンズという言葉を使うときの認識と同じと考えていただいてけっこうです。共的世界というほうが、コモンズというよりわかりやすいのではないでしょうか。共的制度というときには、「資源」が抜け落ちますし、共的資源といえば「制度」が抜け落ちてしまいます。やはり、コモンズには制度と資源とが両方含みうる言葉だとおもいます。

 でも、共的制度というと、非常に厳密な社会制度のように受け取られてしまいそうですが、そうではないような「共的なもの」というのがけっこうあるんですよ。

 中島さんもご存知のように、海にいけば、漁業権とか共同漁業権のように、きちっと法律に定められて、それこそリジットに決まって、みんなで行うような制度もあれば、そうではなくて、おばあさんたちが、ちょっと海辺に行って、海草をとるとか小魚をとってくる。これは、みんなの認め合ったルールにはなっているんだけれど、「制度」にはなっていないんですね。文面に残してあるとか、法律に書かれて認められているとか、そういうものになっていないものもあります。

 そういう従来は抜け落ちていく、あるいは看過される現象を、コモンズという言葉、共的世界という言葉によって、掬い上げる、あるいは議論の俎上に載せることができるのです。その点で、これらの言葉を、私は重要視しています。

――農林水産業は、広い意味の生業というばあいでも、「業」がついています。ところがそれは、生業という暮らしの稼ぎにまでいっていないような、ふだんからのさりげないオコナイなんですね。しかし、それが、漁業権「制度」の底ささえになって、たいせつな機能をはたしているんです。これを、もっときちんとみていかなくてはいけない、評価していかなくてはいけないんですが、実は、あんまり評価されていないのです。

【菅】 そう、そう。その境目の線を引いたのは、たまさか、この100年ぐらいの間のできごとなんですね。近代的な法律の制度、概念が入ってきて漁業権という整理ができてからなんです。そのリジットな制度や概念にのっかかっていない暮らしの中の「約束ごと」のようなルールの言葉がたくさんあるんです。ほんとうは、これらは全部、一体となって、ひとくくりの話なのです。この部分が抜け落ちている感じがします。

――言葉から考えてみますと、私は、カタカナ語は弱いんですが、その抜け落ちている部分について、この本の最後の結論にあたるセクション「コモンズの現代的変容」のなかで「コモンズを楽しむ」という表現を使いながら「規定されない不確実さ」というように書いていましたね。この本のなかでは、言葉としては使っていませんが、現代における共的世界を理解するときに、とても重要な意味を提起しています。菅さんが共著者となって参加された篠原徹編著『現代民俗学の視点 Ⅰ 民俗の技術』(1998年。朝倉書店)の「深い遊び」として書いたテーマである「マイナー・サブシステンス」の世界のことをいっているのですね。私も、きちんと理解していない概念なので、マイナー・サブシステンスとはどういうことをいうのか、教えてください。

【菅】 マイナー・サブシステンス。一言で言えば「周縁的な生業」です。いままで、われわれというのは、いろいろな生産活動とか、日常の生活というのを、「経済」というものを軸として見てきたと思うのですね。つまり、金を稼ぐものか、金を稼げないものか、金を稼ぐとしたら、どれぐらい稼ぐか、そして、たとえばたくさん稼ぐと、「本業」ということになりますし、少ししか稼げなければ「副業」といういいかたになります。また、まったく稼げなければ、「遊び」だというような分類の仕方で、人々の生き方、暮らし方の活動を、それらの分類で切り分けていく。こういう見方があったと思うんですね。

 ところが、これは、切れないところがあるのだとおもいます。「マイナー・サブシステンス:minor subsistence」は、『民俗の技術』で「マイナー・サブシステンスの世界―民俗世界における労働・自然・身体」を執筆されている松井健(東京大学東洋文化研究所教授)さんが最初に提唱された概念です。

 なにが、マイナー・サブシステンスかという定義については、松井さんのご著作で確認していただければとおもいますが、このコンセプトの重要な点というのは、これまで、経済性というものだけで見て(評価して)いたもの、つまり「量の問題」で見ていたものを「質の問題」でとらえなおそうということなのです。これは、けっこう人類学、あるいは民俗学的な研究分野で、伝統的な生業とか、経済活動を扱う際においては、いわば「思考の転換」なんです。

  • 以下延々と菅さんのお話が続きます。ブログではここまでにしておきましょう。以下どんな内容が展開されるのか、[季刊里海]第2号で編集構成された記事でお読みください。この菅豊さんの発言文の引用転載は未定稿のため禁止します。
  • 構成:By MANA:なかじまみつる

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